日本大百科全書(ニッポニカ) 「仁尾」の意味・わかりやすい解説
仁尾
にお
香川県西部、三豊郡(みとよぐん)にあった旧町名(仁尾町(ちょう))。現在は三豊市の北西部を占める一地区。1924年(大正13)町制施行。2006年(平成18)高瀬(たかせ)、山本(やまもと)、三野(みの)、豊中(とよなか)、詫間(たくま)、財田(さいた)の6町と合併して市制施行、三豊市となる。旧町域の西部は燧灘(ひうちなだ)に面し、背後に七宝(しっぽう)山系が迫るため、他地域へ行くには峠を越えねばならなかったが、1996年(平成8)に七宝山トンネルが開通した。また、1998年には町営仁尾バス(現在は三豊市コミュニティバス仁尾線)が運行開始、JR予讃(よさん)線の詫間駅、観音寺(かんおんじ)駅に通じている。古くは仁保ノ浦(におのうら)といった。中世には細川氏の居城二保城があったが、1579年(天正7)長宗我部(ちょうそがべ)氏により滅ぼされた。県下の温州(うんしゅう)ミカンの発祥地の一つで、県でもとくに味のよいことで知られる。水稲や花卉(かき)の生産団地化も進んでいる。1981年(昭和56)から1983年まで太陽熱試験発電所開設を記念して太陽博が開かれたが、発電所は廃止された。沖合いの大蔦(おおつた)島、小蔦(こつた)島は瀬戸内海国立公園域で、海水浴客が多い。
[稲田道彦]
『『仁尾町誌』(1984・仁尾町)』