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今帰仁城 なきじんじょう

日本の城がわかる事典の解説

なきじんじょう【今帰仁城】

沖縄県国頭郡今帰仁村にあった城(グスク)で、別名を北山(ほくざん)城という。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。14世紀琉球王国三山時代の三山の一つで、北山王の居城であった。城内からは中国や東南アジアなどの陶磁器が多量に出土し、往時の繁栄をうかがわせる。北山は尚巴志王(しょうはしおう)に滅ぼされるが、北山が滅ぼされた後も旧北山統治の要所として北山監守が派遣され、1609年(慶長14)の薩摩藩による琉球侵攻の際には、攻撃の第一目標となった。現在は、石垣などの遺構の整備が進み、1972年(昭和47)に国の史跡に指定され、2000年(平成12)に首里城(那覇市)跡などとともに、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」としてユネスコの世界遺産に登録された(登録名称は今帰仁城跡)。那覇空港から高速バスで名護バスターミナルまで1時間45分、名護バスセンターからバスで今帰仁城址入口下車、徒歩約20分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

なきじんじょう【今帰仁城】

沖縄の泡盛黒麹仕込みと常圧蒸留で造った原酒を10年間甕で熟成させた古酒。原料はタイ米、黒麹。アルコール度数43%。蔵元の「今帰仁酒造」は昭和23年(1948)創業。所在地は国頭郡今帰仁村字仲宗根。

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デジタル大辞泉プラスの解説

今帰仁(なきじん)城

沖縄県、有限会社今帰仁酒造が製造・販売する泡盛。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

今帰仁城
なきじんじょう

沖縄県国頭郡(くにがみぐん)今帰仁村今泊にある城跡。別名北山城(ほくざんじょう)ともいう。沖縄に山北(さんほく)(北山)、中山(ちゅうざん)、山南(南山)という三つの小国家が鼎立(ていりつ)していた三山時代(14世紀初~15世紀初)、山北の主城として繁栄したが、1416年(応永23)(一説では1422年)中山の尚巴志(しょうはし)により滅ぼされた。その後、治安維持の目的で山北監守(今帰仁按司(あんじ))が設置され、沖縄本島北部地方の統治拠点となった。1609年(慶長14)琉球(りゅうきゅう)王国に侵略した薩摩(さつま)軍の攻撃を受けて落城、時の今帰仁按司も戦死した。戦後、山北監守が城内から別地(今帰仁村)に移動したため、城としての機能は失われた。城壁が比較的よく保存されており、沖縄石造建築の粋をみることができる。長期にわたる発掘調査が開始され、当時の文化状況を示す重要な発見がもたらされ始めている。国指定史跡(1972)。2000年(平成12)琉球地方の独特な文化遺産を対象に「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」が世界遺産の文化遺産に登録されており、登録遺産群9か所のうちの一つに含まれている(世界文化遺産)。1月には満開になる南国沖縄の桜の名所としても有名。[高良倉吉]

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世界大百科事典内の今帰仁城の言及

【今帰仁[村]】より

…古宇利島は海岸段丘が発達する。14世紀から15世紀の三山(さんざん)時代には北山(ほくざん)王統が今帰仁城(北山城)にあって沖縄島北部を支配し,当地はその中心地であった。北東部の運天(うんてん)港は北東に古宇利島,南東に屋我地(やがじ)島がある天然の良港で,源為朝が渡来したとの伝説もあり,薩摩の琉球征服時にも薩摩軍が第一歩を印した。…

※「今帰仁城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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