改訂新版 世界大百科事典 「保健物理学」の意味・わかりやすい解説
保健物理学 (ほけんぶつりがく)
health physics
放射線の有害な影響から人体を防護するための放射線安全管理に関する研究分野を指し,放射線防護学と同義語である。保健物理の用語は,アメリカにおいて原子爆弾製造のためのマンハッタン計画の中で,作業者の放射線および放射能にかかわる健康管理,すなわち放射線防護を担当する部門の名としてつくられたものであり,この計画での放射線防護は,当時の主として医学放射線分野でのそれとは質的に違った大規模で複雑なものであるとの認識によって生まれた。現在は,原子力利用とともに医療あるいは一般産業における放射線の利用も進展し,その結果,発生源を問わずすべての放射線に対し保健物理という言葉を用いている。ただし,アメリカその他若干の国を除くと,とくにヨーロッパでは,この領域を放射線防護と呼んでいる。日本では保健物理という語は,1957年に日本原子力研究所の中の放射線防護を主管する部の名として初めて使われた。その後,アメリカ保健物理学会の協力もあって,関係者により日本保健物理協議会が設立され,74年には日本保健物理学会へと名称を変更した。国際的には,1964年に国際放射線防護学会International Radiation Protection Associationが生まれている。保健物理の内容は,放射線および放射性物質の測定,施設内での放射線および放射性物質の挙動の追跡,外部被曝線量評価,生体内での放射性物質の挙動の追跡,内部被曝線量評価,環境での放射線と放射性物質の挙動の追跡,環境放射線管理,個人被曝管理,放射線障害研究,放射線防護剤と放射能防護具の開発,緊急医療対策,放射性廃棄物の処理処分とその管理などである。したがって,保健物理学とは放射線あるいは放射性物質にかかわる産業医学,放射線医学,公衆衛生学,物理学,化学工学,農学,気象学,地質学,生態学,教育学,応用心理学の境界領域ということができる。
執筆者:稲葉 次郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報