治療者と被治療者との間に薬物や医療器具を必ずしも介在させないで,もっぱら信仰の力によって行う治療行為をいう。傷口などの〈手当て〉をするということばは,文字どおり医療のはじまりを示す。痛むところ,病める個所のあるとき,何はともあれその個所に手を当ててさわり,さすってみる。これが手当て,按手の意味である。イエス・キリストも〈病人に手をおけばいやされる〉(《マルコによる福音書》16:18)と述べ,かつ病める者もまた進んでイエスの身に触れようとした。〈それからイエスは,ペテロの家にはいっていかれ,そのしゅうとめが熱病で,床についているのをごらんになった。そこで,その手にさわられると,熱がひいた〉(《マタイによる福音書》8:14~15)。また〈それは多くの人をいやされたので,病苦に悩む者はみなイエスにさわろうとして,押し寄せてきた〉(《マルコによる福音書》3:10)と記されている。そして近代科学が発達した後も,民間では〈手のひら療法〉の名で,手当てによる治療法は残り伝えられていて,多くの新しい宗教はこの方法を実践してきた。とくにイギリスやフランスの国王が行った按手療法は〈ローヤル・タッチ〉の名で知られている。人間の手で,他者の患部に触れるとき,少なくとも手のぬくもりが伝わる。しかし信仰治療の意味づけとしては,さわる者の手から,さわられる者の身体に何か目に見えない霊力のようなものが移り伝わると信じられた。これを未開社会ではマナ(呪力)といい,あるいは触れないままで,手をかざしただけで,何かが伝わるときには霊波ともよぶ。そしてその霊波の伝わりによって病者の身体が,ひとりでに動き出し,痙攣(けいれん)発作のような状況を呈するとき,これを霊動といってその効果のあらわれた証拠とすることがある。
18世紀に出たオーストリアの医師メスマーは,薬物を用いないで,こうした触れることで伝わる流動体を〈動物磁気〉の名でよび,みずからこれによってウィーン,パリで大勢の人を治した。霊波とか動物磁気の実体は科学的には実証できなかったが,このメスマーの治療行為こそ,そのままメスメリズム(暗示療法)の名として残ることになり,これによりかつてギリシア人が子宮があばれまわるためと考えたヒステリーの本体がつかめるようになった。つまり心因性のヒステリー性盲目,手足の麻痺などは,暗示によって劇的に治ってしまうからである。この動物磁気にかわってS.フロイトやユングはリビドーという生命エネルギーのようなものを仮定した。さらにフロイトの弟子ライヒは,このリビドーなるものを本気で試験管の中にとり出し,ガイガー計数器で量ることができるものとして,そのエネルギー体を〈オルゴン・エネルギー〉と称した。そしてこれを注入すれば,癌の治療なども可能だと信じた。しかしこれは不成功に終わった。現在でも,たとえ実証はできなくても宇宙の大生命が,生き神教祖を通して,あるいはみずからの修行や瞑想によって体内に流れ入るなり,霊水,神水を通して注入されるという信仰は盛んである。
→クリスチャン・サイエンス
執筆者:小野 泰博
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…〈キリスト教科学〉の意。《科学と健康》(1875)の著者エディMary Baker Eddy(1821‐1910)によって1879年に創立されたキリスト教の信仰治療主義の一派。彼女によると精神のみが実在であって物質は幻想であり,病気は精神的な妄想である。…
※「信仰治療」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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