改訂新版 世界大百科事典 「先任権制度」の意味・わかりやすい解説
先任権制度 (せんにんけんせいど)
seniority system
古参権,セニオリティなどとも呼ばれる。アメリカ,カナダで広くみられる独特の雇用慣行で,レイオフ(帰休制度),昇進など雇用関係上の諸事項について,勤続年数の長い古参労働者を短い者より有利に取り扱う制度。たとえば使用者が剰員をレイオフする場合,先任権が工場単位で定められていれば,当該工場内の労働者のうち勤続年数の短い(先任権順位の低い)者から順に必要人数までがレイオフされ,後に同工場で労働力需要が回復すれば,レイオフ中の労働者のうち先任権順位の高い者から優先的にリコール(再雇用)される。長期勤続者に対する同様の優遇は,昇進,配転,作業割当て,シフト選択等についても,あるいは退職年金,離職手当,付加的失業給付,有給休暇等の諸給付に関しても,一般に認められる。かかる制度は労使が労働協約によって自主的に定めるものであり,先任権算定・適用の単位(個々の職場,部門,工場,会社全体など)や先任権重視の程度(能力・成績評価との関係)など,その内容は多様である。先任権制度の主たる目的は,勤続年数という客観的基準を用いることにより使用者の恣意(しい)や差別を排除する点にあるが,その基礎には,労働者が職務に対して財産権的利益を有するとの考え方があるといわれる。先任権制度は19世紀後半のアメリカで,印刷業や鉄道業でまず形成された。1930年代,ニューディール下の労働組合運動高揚期には,CIO(〈AFL-CIO〉の項参照)が同制度を強く要求したこともあって,重化学工業を中心に急速に広まった。第2次大戦後の一層の普及を経て,現在では,全米の製造業における労働協約の9割以上が先任権の規定を有するほど定着している(建設業,港湾業,衣料産業では例外的に普及率が低い)。なお近年,雇用上の人種・性差別の撤廃と先任権制度との関係が大きな問題となっている。
日本のいわゆる年功制度(年功的労使関係)も類似した一面をもつが,先任権制度ほど明確かつ厳格ではなく,レイオフとの結合もみられないなど異質な点が多く,また背景となる労使関係制度も非常に異なっている。不況時の一時帰休や整理解雇に関連して日本で先任権制度が議論される機会はふえつつある。
執筆者:中窪 裕也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報