一般に使用者が,企業運営を円滑・合理的に進めるためには,雇い入れた労働者を適当な職場に配置したうえその労働力の効率的な利用を図る必要がある。そのための人事や労務管理を行いうる使用者の権限を人事権と呼ぶ。その内容は採用から解雇に至るまできわめて多岐に及ぶが,そのうちでも特定の職場・職務への労働者の配置,その変更・再配置(配置転換),昇給・昇格,そしてそのための勤務評定,懲戒処分等に関する権限などが代表的なものである。人事権の法的性質については,一般に経営権の一内容として使用者が専権的・専属的に保有する権利であると主張されることが多い。しかし,経営権といえどもそれは法律上なんら独立の権利たるものではなく,それゆえそれから派生するとされる人事権もそれ自体として明確な法的権利ないし権限を意味するわけでもない。その意味で,人事権とは労働者の人事,労務管理に関する使用者の事実的権能をいうにすぎないものといいうる。使用者としてはかかる権能を原則的に自己の裁量によって行使しうるが,その行使は必ずしも絶対無制約のものというわけではない。例えば,労働組合法や労働基準法などの労働保護法規に違反する人事権行使や,また労働協約中の〈人事に関しては組合と協議し,もしくは組合と同意のうえこれを行う〉との,いわゆる〈人事協議条項〉違反の人事権行使などは適法とは認められない。
執筆者:奥山 明良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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