平安時代の僧円仁(慈覚大師)らが入唐して中国各地を巡礼した旅行記。円仁撰。4巻。838年(承和5)に博多を出発して揚州に向かってから847年に帰国するまでの10年間に経験した見聞を克明につづった日記体の旅行記。玄奘(げんじよう)の《大唐西域記》,マルコ・ポーロの《東方見聞録》とともに,東アジアの三大旅行記といわれる。山西の五台山に巡礼し,長安に滞在して〈会昌の廃仏〉(三武一宗の法難)にあい,帰国するまで,記録魔ともいうべき几帳面さで公文書を写しとったりしているので,円仁自身の求法経験と唐代の仏教事情のみならず,日唐関係とりわけ遣唐使の具体相を知るためにも,また当時の沿海新羅人,唐の地理・交通・経済・社会・習俗から末端の行政組織について研究する場合にも,根本史料として重要である。本書は円珍の《行歴抄》や成尋の《参天台五台山記》の先駆をなし,いずれも《遊方伝叢書》に収められている。ちなみに元駐日大使ライシャワーは本書の英訳と研究によって博士号を取得した。
執筆者:礪波 護
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平安初期の旅行記。四巻。円仁撰(えんにんせん)。天台宗の慈覚(じかく)大師円仁が838年(承和5)遣唐使藤原常嗣(つねつぐ)に従って唐に渡り、847年10月に帰着するまでの在唐九か年の記録。揚州、海州、登州を経て、840年に都長安に達した。その記載は、円仁が直接見聞したものであり、精細を極め、史料的価値は高い。彼の中国における行程の記述は忠実であり、唐代仏教の状態、ことに密教儀式、仏教寺院の経済状態、仏教遺跡のありさまを知る好資料である。とくに武宗の会昌(かいしょう)の廃仏にあい、自らも道士に変装して難を逃れつつ、その惨状を親しく見て記載してあり、この事件に関する中国側の記録の不足をも補う資料ともなっている。
[丘山 新]
『足立喜六訳注『入唐求法巡礼行記』(平凡社・東洋文庫)』
最澄の遺志をうけ838年(承和5)に入唐した慈覚大師円仁(えんにん)の日記。揚州・山東半島・五台山・長安を巡礼した9年間の求法の旅の克明な記録で,唐代の社会・経済・仏教などに関して唐側史料に洩れた事実を豊富に含む。とくに地方官庁との交渉やその際発給された文書類,仏教教団の組織・儀礼,武宗の会昌(かいしょう)の廃仏,唐に居留する新羅人の生態とその実力者張宝高(ちょうほうこう)に関する記録などは重要。遣唐使に関しても,使節内部の唯一の逸文ではない記録として貴重。「続々群書類従」「大日本仏教全書」所収。国宝。
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…持ちかえったものは経典559巻,曼荼羅(まんだら)・舎利・法具類21種に及ぶ。旅行記《入唐求法(につとうぐほう)巡礼行記》は在唐10年間の詳細な行状を記し,唐末の社会史や歴史地理の研究に資するところが多い。 そもそも密教の事相(修法の儀軌)は金剛界・胎蔵界・蘇悉地の3部を大法とする。…
…日本の僧侶も,唐代には玄昉(げんぼう)や円仁,宋代には奝然(ちようねん)や成尋などが,いずれも五台山巡礼を行っている。なかでも,〈巡礼〉ということばを書名に含んでいる円仁の《入唐求法巡礼行記(につとうぐほうじゆんれいこうき)》は,五台山仏教全盛期における大華厳寺以下の諸院を巡礼した次第をていねいに記録している。円仁によると,五台山の巡礼路には適当な距離をおいて,〈普通院〉というものが設けられていたという。…
…しかし,845年(会昌5)に断行された武宗による会昌の廃仏と,955年(顕徳2)の五代後周の世宗による廃仏で迫害をうけ,禅宗と浄土教を残して,ほかは衰えていくのである(三武一宗の法難)。仏教 たまたま会昌の廃仏に際会して還俗させられた日本からの入唐僧円仁は,旅行記《入唐求法(につとうぐほう)巡礼行記》のなかで,廃仏の実態を記録している。会昌の廃仏は仏教教団自体の腐敗堕落と国家財政上とに起因するとともに,さらには武宗の道教信仰による,道教教団側の策動が功を奏したからであった。…
…即位すると朋党の争いに敗れ鄭滑節度使となっていた李徳裕を宰相に迎え,藩鎮勢力を抑えるとともに北辺ではウイグルを討つなど治績をあげた。円仁の《入唐求法(につとうぐほう)巡礼行記》が語るとおり845年(会昌5),最大規模の廃仏を行い20余万人を還俗させたが(三武一宗の法難),翌年薬中毒により倒れ,宣宗が即位して仏教は再興された。【藤善 真澄】。…
※「入唐求法巡礼行記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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