千葉県中部にある市。下総台地(しもうさだいち)上に広がる。1919年(大正8)町制施行。1954年(昭和29)川上村と合併。1992年(平成4)市制施行。市名は、明治初期、小金牧(こがねまき)、佐倉(さくら)牧が開墾されたとき、この地域が八番目であったことに由来する。JR総武(そうぶ)本線と国道409号が交差する。江戸時代、幕府直轄の佐倉七牧のうち柳沢(やなぎさわ)牧、小間子(おまご)牧が置かれ、馬が放牧されていた。1870年(明治3)窮民救済のため牧を開墾して、新村が建設された。広い台地上の農業は経営規模が大きく専業率も高く、純農村景観が展開するが、千葉市の東に接するため住宅地も多い。ラッカセイの特産地として知られるが、近年はハクサイ、ゴボウ、スイカ、サトイモなどの栽培に比重が移り、畜産も盛んである。秋にラッカセイを茎がついたまま積み上げる豆ぼっちが並ぶ風景はみごとである。千葉県農林総合研究センター落花生研究室がある。面積74.94平方キロメートル、人口6万7455(2020)。
[山村順次]
『『八街町史』(1974・八街町)』
千葉県中央部の市。人口7万3212(2010)。1992年市制。下総台地の中央部に位置する。中世からの馬牧であり,江戸時代には佐倉七牧のうちの柳沢牧と小間子牧があった。1869年(明治2)に東京の豪商が東京府下の窮民救済のため下総開墾会社を設立して開墾事業を始めたが,このとき,第8番目の開墾地の意味で〈八街〉という名がつけられた。中心集落は総武本線の開通後,駅を中心につくられ,農産物集散地として発達した。県下有数の野菜産地で,明治20年代に導入されたラッカセイの生産は全国一である。近年はスイカ,ショウガなどの生産がふえ,サトイモ,サツマイモなどの生産も多い。酪農,養豚など畜産も盛んである。全国唯一の落花生育種試験場(現,千葉県農業総合研究センター育種研究所落花生試験地)がある。1980年代から通勤住宅地化が進み,人口増加が著しい。市の南部から古銅印〈山辺郡印〉が出土している。国道409号線が通じる。
執筆者:千葉 立也
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