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分子構造論 ぶんしこうぞうろんtheory of molecular structure

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

分子構造論
ぶんしこうぞうろん
theory of molecular structure

分子内の原子の配置と原子間の化学結合の状態を取扱う理論。いちばん簡単なものは原子価に基づいた構造式を使うことであるが,もっと基本的には電子状態を調べて化学結合のエネルギーを計算し,エネルギーが最小になるような原子配置を求めればよい。そしてこれに基づいて分子のいろいろな性質を計算し,実験値と比べる。このような研究は分子の基底状態だけでなく励起状態についてもなされている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

分子構造論
ぶんしこうぞうろん
theory of molecular structure

分子の構造を研究する学問分野あるいはそのための理論。[岩本振武]

歴史

イタリアのアボガドロが、現在の意味での分子の存在を提案した19世紀の初頭には、まだ分子の構造に関する具体的イメージは示されていなかった。2分子の水素と1分子の酸素が反応して2分子の水を生成する場合に考えられる分子構造の最小単位は、水素と酸素については二原子分子、水については三原子分子である。水素と酸素の分子構造については、原子間の結合距離の長短の差はあっても、直線状の構造以外はありえない。水分子では、H‐O‐Hとなるか、H‐H‐Oとなるか、そしてこれらの三原子が直線状となるか、屈曲しているかは、当時の観測手段では区別できなかった。1823~24年にかけてドイツのウェーラーとリービヒは、HCNOの組成をもつが性質の異なる酸の銀塩を別々に合成した。最初両者の間で激しい論争が交わされたが、結局それらはシアン酸HOCNおよび雷酸HONCの異なる酸の塩であることが判明した。これは異性体が最初に確認された例であった。これらには、もう一つの異性体イソシアン酸HNCOも存在する。異性体の存在は、分子における原子の結合順序の違い、あるいは立体的配列の違いに化学者の目を向けさせた。
 19世紀中ごろ、結晶の光学的性質と構成分子の構造との関連性が研究され、一時は、結晶の外形に現れる対称性は分子構造の対称性を直接反映するとの誤解もあった。そのため、分子はかならず4個以上の原子が三次元的に集合した構造をもつとまで考えられた。この考えは、フランスのパスツールが、自然分晶した酒石酸塩の結晶を対掌体の形態的特徴からD‐酒石酸塩とL‐酒石酸塩とに分離し、それぞれの旋光性を明らかにしたことから、一時はもっともらしくみえた。また、そのことから、有機化合物における炭素原子の結合には、炭素原子が正四面体の中心にあり、それと結合する原子が正四面体の頂点の方向にあるとするモデルがオランダのファント・ホッフおよびフランスのル・ベルから提案された。ドイツのケクレは、ベンゼン分子が正六角形の炭素原子骨格をもつとした。ドイツのE・フィッシャーの糖類の研究は、脂肪族炭素の正四面体型構造を強力に支持し、ベンゼンの六員環構造も多くの研究によって支持された。19世紀末から20世紀初頭にかけてスイスのA・W・ウェルナーは、金属錯体の立体配位構造を光学異性現象との関連で明らかにし、分子構造を原子の一ないし三次元配列で示す基礎が固められた。しかしながら、そのころには、分子構造を直接測定する手段はまだなく、すべては仮説に基づいていただけであった。化学者にとって幸運なことに、それらの仮説の多くは、のちに正しかったことが証明されるのである。[岩本振武]

構造決定法

一般に分子構造というときには、電気的に中性の分子だけでなく、多原子イオン、ラジカルなど、複数の原子が化学結合によって連結されているものすべてを含む。
 分子構造の決定法は、回折法と分光法に二大別される。回折法にはX線、電子線、中性子線などが利用される。分子内あるいは結晶内の原子の規則的配列が回折格子となるところから、原子間距離や結合角度が求められ、結合電子密度分布、核スピンの配列などに関する情報も得られることがある。分光法ではγ(ガンマ)線・X線から紫外・可視、赤外、マイクロ波に至る広い領域の電磁波が利用される。それらの分光スペクトルの解析から、原子核および電子のエネルギー状態、分子の旋光性、分子内の原子の振動、分子回転など、分子の幾何学的構造や原子あるいは電子の動力学的状態に関する情報が得られる。磁場内での電波の吸収を利用する核磁気共鳴、電子スピン共鳴、あるいは核四極子共鳴によると、核スピン、電子スピン、あるいは核四極子の状態が観測され、それらと化学構造との関連を解析して、微細な分子構造に関する情報が得られる。
 これらの方法のほか、誘電率、磁化率、音波吸収の測定、熱測定なども分子構造の解析に有力な情報を与えている。高分解能電子顕微鏡による分子構造の直接観測も可能になりつつある。[岩本振武]

分子構造論の発展

分子構造の理解には、まずその幾何学的構造、つまり結合距離と結合角を知るのが第一であるが、物質の物理・化学・生物的性質を明らかにするためには、核および電子の運動あるいはエネルギー状態が関与する動的挙動の解明を必要とする。多くの測定法がその目的のために開発され、改良されつつある。それらの実験科学的手段の発展がある一方、高速電子計算機の進歩は、量子力学理論による分子構造の直接計算への道を開きつつある。とくにモレキュラーグラフィックスとよばれるコンピュータ画像処理は、実測されたものだけでなく、理論的に考えられる分子構造をも三次元立体画像として描出することを可能にした。これによって、化学反応性や薬理作用などの分子機能を予測して設計された分子を合成するという、分子設計合成が格段に進歩したほか、分子生物学、遺伝子工学などの複雑な分子構造をもつ系での立体分子構造の解明も比較的容易になっている。[岩本振武]
『児島邦夫・前田史朗著『分子の構造』(1976・朝倉書店)』

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世界大百科事典内の分子構造論の言及

【分子構造】より

…一方,化学反応も含めた分子または分子集合体の諸性質には,分子の電子状態が強く反映されている。これらの関係を統一的に理解しようとするのが分子構造論と呼ばれる学問分野である。その点で上述のような実験とその結果の理論的解釈が必要であり,さらに理論的な予測も重要な役割を果たしている。…

※「分子構造論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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