江戸前期の浮世草子作者、俳人。名は義延(よしのぶ)。白眼居士(はくがんこじ)、滑稽堂(こっけいどう)などの号もある。俳諧(はいかい)は井原西鶴(さいかく)の門人で、西鶴庵(あん)2代目となる。談林系の俳諧師で雑俳の点者として当時知られる。西鶴の遺稿は主として彼が整理し刊行した。若年のときには大坂に住んだらしいが、のち京都に移住。なお、西鶴没後しばらくは大坂に住んだ。浮世草子作者として『昼夜(ちゅうや)用心記』『野傾(やけい)色三味線』『武道張合大鑑(はりあいおおかがみ)』『日本新永代蔵』その他の作があり、西鶴没後の代表的浮世草子作者として知られる。本屋の企画する出版書の編集者でもあり、歌謡集『松の葉』『落葉集(おちばしゅう)』『若緑(わかみどり)』などの編纂(へんさん)にかかわった。
[宗政五十緒]
『『北条団水集』(1983・古典文庫)』▽『宗政五十緒著「北条団水年譜」(『西鶴の研究』所収・1969・未来社)』
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…江戸時代の俳人,浮世草子作者。姓は北条,名は義延,別号は白眼居士,滑稽堂など。〈延宝のとし団水と改名せられし夏の比〉と前書した〈団(まどか)なるはちすや水の器(うつはもの)〉(《秋津島》)の句を西鶴から贈られているから,12~19歳ごろ西鶴門の俳人として改号した事実が知られるが,前号,前歴はまったく明らかでない。天和期(1681‐84)ごろまで大坂に住し,貞享(1684‐88)の一時期紀州にあり,間もなく京都に移住,西鶴没の翌1694年(元禄7)大坂に移って師の庵に入り西鶴庵を襲名,1701年京都に帰住した。…
※「北条団水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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