登記や占有など権利の存在を推測させる外観を信頼して取引した者の信頼は,たとえその外観が実質的権利を伴わない場合でも保護されねばならないとする原則。Aから不動産所有権を譲り受けたBが自分名義に登記をしたり,Cから動産を買い受けたDがその引渡しを受けたりするなど,〈公示の原則〉に忠実にB,Dが公示方法を備えた場合に,第三者としてはすでに権利者としての公示を欠くに至ったAまたはCを相手方として取引をするという愚を避けることができる。その意味では公示の原則は第三者の保護,ひいては取引の安全に寄与するということができる。しかし,公示の原則だけで第三者の利益がつねに保護されるかというと,そうではない。なぜなら,上記の例で,Bは不動産所有者として登記されていたとしても,実はA,B間には譲渡行為はなんら存在せず,Bが書類を偽造して虚偽の所有権登記がB名義でなされている場合もあるし,またDが動産をCから引渡しを受けて現在それを占有していたとしても,それは所有権の移転があったからではなく,DがCから借りているという場合もある。これらの場合のBやDは,所有者としての外観が呈示されているとみることができるが,所有者ではないから,これらの者を所有者と信じて第三者が買い受けたとしても,所有権を取得することにはならないはずである。しかし,これでは公示を信頼した第三者が不当に害される結果となって妥当ではない。そこで第三者の保護,つまり取引の安全が強調される領域(それはとりわけ動産取引の場合である)においては,物権の公示を信頼して取引をした者は,たとえ公示が真実の権利と一致しない場合でも,公示どおりの権利を取得するとしなければならない。この要請をみたすものとして生まれた原則を〈公信の原則〉という。日本の民法は,動産の物権変動の場合にのみ公信の原則を採用し,占有に公信力を与えている(民法192条)。即時取得(善意取得ともいう)の制度がこれである。これによると,先の例で,動産をDが占有しているためにDを所有者と信頼してその者から買い受けた第三者は,たとえDがその動産をCから借りているにすぎない場合であっても,所有権を取得し,その反射的効果として真実の所有者Cは所有権を失うことになる。
一方,不動産の物権変動においては公信の原則の適用が認められていないので,同じく先の例でいうと,B名義で登記がなされていても,その登記が真実の権利を公示していないかぎり,Bから買い受けた第三者が所有権を取得することはない。不動産取引ではこれを悪用して他人の土地を売りつけるなどのケースもあるので,物権の公示を登記簿で確認するだけでは失敗することがあるということである。
執筆者:半田 正夫
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権利の外形を信頼した者を保護する原則をいう。動産の占有者には、所有権の外形としての占有があるので、第三者は、その占有者に所有権があるものと信じてこれを買い受けたときには、たとえその占有者が所有権を有していなくても、原則として所有権を取得することができる。これを善意(即時)取得といい(民法192条)、日常頻繁に取引される動産の取得者は保護される。ただし、盗品、遺失物についての例外がある(民法193条・194条)。商法上の手形その他の有価証券については、右よりももっと強く取得者の保護が認められている(手形法16条2項、小切手法21条、商法519条)。一方、不動産の権利の外形は登記であるが、登記名義人が所有権を有しないとき、登記を信頼してその名義人から不動産を買い受けた者は所有権を取得することができない。すなわち、不動産については公信の原則は認められていない。ただし、真実の所有者が他人名義の登記を放置し、明示または黙示にその状態を承認していたときは、この名義を信頼して不動産を買い受けた者に対して、所有者は所有権を主張することができない(民法94条2項の類推適用)。公信の原則は、債権の譲渡についても認められる。すなわち、債権譲渡を異議なく承認した債務者は、譲渡人に主張することのできた事由(一部弁済など)を譲受人に主張することができない(民法468条1項)。
[川井 健]
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…しかし,登記を信頼して取引をしたところ,これが実質的権利を伴わないものであった場合に,これを基点として権利を取得することを目的とする法律行為をしてもその法律行為はすべて無効であるとすれば,取引の安全・円滑を著しく害することとなる。そこでもう一つの考え方として,登記を信頼して取引をした者は,たとえその登記が実質的権利を伴わないものであっても,当該権利につき真実の権利が伴っている場合と同様の法律効果を生じさせ,真正に権利を取得したものとしてその信頼を保護しようとする考えであり,公信の原則と呼ばれるものである。 公信の原則を採用して登記に公信力を与えるか否かは,政策問題ときわめて密接にからむものである。…
※「公信の原則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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