歌舞伎舞踊。常磐津節。通称《荵売(しのぶうり)》。本名題《両顔月姿絵(ふたおもてつきのすがたえ)》。現代では《双面水照月(ふたおもてみずにてるつき)》の名題で上演することが多い。1775年(安永4)1月江戸中村座上演《色模様青柳曾我》の二番目大切《垣衣恋写絵(しのぶぐさこいのうつしえ)》が原曲で,初世中村仲蔵が主役の大日坊を踊った。このとき同座した4世市川団蔵が1784年(天明4)5月大坂藤川菊松座(角の芝居)で《隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)》の法界坊に主役を変えて上演。さらに1798年(寛政10)9月江戸森田座で,二番目《振袖隅田川》の大切に増補再演。これが今日に残った。吉田家若君の松若と恋人お組が荵売りに身をやつし,隅田川の畔で松若の許嫁野分(のわけ)姫の形見を焼く。と,お組に横恋慕する法界坊の迷魂が姫の亡魂と合体し,お組の姿で出現してお組と松若を悩ます。
人形浄瑠璃,歌舞伎狂言(所作事)の系統。〈双面〉の解釈は一定しないが,怨霊が恨む相手の恋人の姿を借り,その恋人と同時出現して恨む相手を混迷させる趣向といえよう。この趣向は江戸中期以降に多用された。その作品群を〈双面物〉と総称する。双面を一人で演じ分けるときと,2人が個別に演じるときとがある。歌舞伎では早く〈荵売〉と結合,常磐津地を中心として舞踊表現された。1757年(宝暦7)《妹背塚松桜》は二つの怨霊が一つの形を取る古い例で,桜姫を恋して殺された清玄の霊が曾我十郎祐成に焦がれて死んだ八ッ橋の霊に合体出現し,祐成を迷わす。62年《垣衣草千鳥紋日(しのぶぐさちどりのもんぴ)》は白菊の亡魂が荵売りとなり恋人祐成の前に出現。65年(明和2)《江戸名所都鳥追》は初世中村仲蔵の法界坊の舞踊。同年《双面花入相》はお花と半七が隅田川へ行くとお花に恋慕する真砂の庄司の亡魂が,お花の姿で出現して半七を悩ませるものであった。これら先行の作品に《道成寺》の〈押戻〉の趣向を加えて《垣衣恋写絵》が75年(安永4)に生まれる。これがすなわち仲蔵が演じた野分姫と大日坊の亡魂が合体した〈双面〉であり,後年代表作として現在に伝わる4世市川団蔵の《双面》の原作である。この後にも多様な〈双面〉がいくつも作られ,次々に上演されるが,結果的に団蔵上演の作をこえるものはなかった。
執筆者:目代 清
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歌舞伎(かぶき)演出の一技法。亡霊が、恨む相手の恋人とまったく同じ扮装(ふんそう)で現れて周囲を惑わし、最後に正体を現す形式をいう。謡曲『二人静(ふたりしずか)』、近松門左衛門の浄瑠璃(じょうるり)『赤染衛門栄花(あかぞめえもんえいが)物語』以来、多くの戯曲に扱われたが、とくに舞踊では江戸中期以降「双面物」とよばれる一系列を生んだ。その代表作は、『隅田川続俤(ごにちのおもかげ)』(法界坊)の大切(おおぎり)舞踊劇としてつくられた常磐津(ときわず)『両面月姿絵(ふたおもてつきのすがたえ)』(1798)で、殺された法界坊と野分(のわけ)姫の二つの霊が合体し、それぞれ恋するおくみ・松若に執念を表すもの。現在では『双面水照月(みずにてるつき)』の名題(なだい)で上演され、普通、「双面」といえばこれをさすほどで、常磐津舞踊の名作に数えられている。ほかに『隅田川花御所染(はなのごしょぞめ)』(女清玄(おんなせいげん)、1814)の大切『都鳥名所渡(みやこどりめいしょのわたし)』(二人松若)、『金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)』(1829)の大切『道成寺思恋曲者(こいはくせもの)』(双面道成寺)なども同様の趣向である。
[松井俊諭]
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…またこの人気を支えている要素の一つに,大切浄瑠璃所作事《垣衣恋写絵(しのぶぐさこいのうつしえ)》がある。これは《双面》《売》《法界坊》とも通称される舞踊劇で,主人公法界坊に清玄の性格も加わり変化に富み,狂言と離れて舞踊会でも頻繁に上演されている。隅田川物【目代 清】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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