キリスト教音楽(読み)きりすときょうおんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「キリスト教音楽」の意味・わかりやすい解説

キリスト教音楽
きりすときょうおんがく

音楽と宗教とのつながりは音楽の起源論の問題とされるほど密接であるが、とくにキリスト教との関係のなかでは注目すべき豊かな音楽の歴史が展開した。その原因の一つには、音楽は典礼を構成する不可分な要素であるとともに、民衆の参加に対し重要な役割を果たすとする、キリスト教の音楽観があげられるであろう。

 キリスト教がユダヤ教を母体として誕生したことはいうまでもないが、典礼に用いられる音楽も、当然ながら、そこから多くの遺産を受け継いだ。したがって、初期キリスト教詩篇(しへん)唱や賛歌などの伝統や、その歌唱様式もユダヤ教の儀式のなかに起源している。ユダヤ教のそれらの音楽がもっていた特徴のいくつかは、キリスト教がヨーロッパの全域に弘布(こうふ)されたのちも、キリスト教聖歌の性格のなかに永久に残されることとなった。しかし一方では、実践的行為と深く結び付いた典礼音楽は、地域性や文化の違い、あるいは教義観の相違などによって規定され、外的には多様な表れ方をみせた。そこで、キリスト教がその長い歴史のなかで、ローマ・カトリック教会をはじめ、ギリシア正教会やロシア正教会などを代表とする東方諸正教会、ルター派カルバン派をはじめとするプロテスタント諸教派、イングランド教会などの各派に枝分れしていくと、そこでは各派に独自の教会音楽がはぐくまれていくこととなった。そのなかで、ヨーロッパ音楽の歴史により大きな功績を残したのは、ローマ・カトリック教会とプロテスタント教会である。

 まずカトリック教会においては、中世に、ローマの政治・文化両面にわたる指導的地位の確立に伴い、ラテン語による典礼の統一および制定の努力がなされる。そしてその結果、正式な典礼聖歌として、グレゴリオ聖歌とよばれる単旋律の聖歌が編集された。その後、フランク王国による支持や記譜法の発達のおかげで、このグレゴリオ聖歌は北ヨーロッパに急速に普及していった。そして9世紀以来、初期ポリフォニーの技法によってグレゴリオ聖歌が編曲されていくことになるが、この試みこそ、西洋音楽が他の音楽と異なる重大な第一歩を意味するものである。その後ポリフォニーの技法が発展するに伴い、教会音楽にも優れた作品が加えられていくが、同時に世俗音楽の重要性が増大し、世俗的作品と宗教的作品の区別は、しばしば困難にもなっていった。それゆえ一時、カトリック教会の音楽に単純化および純粋化の動きがおこり、その成果もあって、16世紀には声楽ポリフォニーによって、グレゴリオ聖歌に次ぐ模範的教会音楽の形が示された。17世紀のバロック時代は、依然として従来のポリフォニーが支持されるとともに、新しい劇的な様式によるミサやモテットレクイエムなどが生まれる。これらの曲種には以後の古典派、ロマン派、現代を通じて、名作が残されている。また、典礼のなかで機能的な役割を果たす典礼音楽と、オラトリオなどのように、宗教的題材に基づきながらも典礼での使用が意図されていない、非典礼音楽の区別がなされていった。全般的に古典派からロマン派にかけての時代には、教会音楽の創作は低調であった。しかし19世紀中ごろからは、教会音楽の復興運動が全世界的に広まるとともに、1962~65年の第二バチカン公会議における典礼刷新の決議によって、カトリック教会の音楽は新たな時代を迎えることとなった。以上のように、カトリック教会においては、人は教会を通して初めて救われるとし、聖職者による宗教儀式を通して神の恵みにあずかることができると考えられている。

 一方プロテスタント教会の場合、聖書に至上の権威が認められ、また信徒の救いは個人の信仰からくるとする、宗教改革の根本理念に基づいて典礼が構成された。

 ルター派では、神のことばが青少年をはじめすべての人々に受け入れられるように、コラールとよばれる自国語による簡潔な賛美歌が創作された。バロック時代、このコラールの旋律を素材としてオルガン曲、受難曲、カンタータなどの作品が多数作曲されている。

 カルバン派の場合は、典礼の革新運動はルター派以上に徹底していた。典礼は簡素な様式に改められ、ルター派同様自国語が使用された。音楽の神秘的な力を重視し、礼拝ではフランス語韻文訳詩篇歌の使用だけが許された。

 イングランド教会(聖公会)は、教義のうえでも典礼のうえでも、カトリック教会とプロテスタント諸派の折衷主義的性格をもつ。改革当初はアンセム(聖書あるいは他の宗教的テキストからとった英語の歌詞による合唱曲)などに芸術的作品が生み出されるとともに、詩篇やカンティクム(詩篇以外の聖書に含まれている歌)を歌うためのアングリカン・チャントが盛んとなった。また、カルバン派の詩篇韻文訳の導入が、英米系賛美歌の創作への原点となった。

[磯部二郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キリスト教音楽」の意味・わかりやすい解説

キリスト教音楽
キリストきょうおんがく
Christian music

キリスト教に関連をもつ音楽。どのような宗教も程度の差はあるがその典礼や行事に音楽を用い,また音楽によって信仰心を強化し表現しているが,なかでも特にキリスト教にはその傾向が著しい。キリスト教各派はそれぞれの教義,礼拝観などに応じて独自の音楽をもつ。 (1) 狭義の教会音楽 (礼拝用音楽) (a) 典礼文による典礼音楽。カトリックのミサ,レクイエム,聖務日課の音楽。ルター派教会の聖晩餐式,聖公会の聖晩餐式,早祷,晩祷,その他。 (b) 便宜に応じて礼拝中に組入れられうる音楽。カトリックのモテト,ルター派教会,聖公会などの教会カンタータやアンセムなど。 (c) 典礼ではないが習慣的に一定の形式のある宗教行事のための音楽。カトリックのリタニア,聖体行列など。 (2) 広義の教会音楽 (a) 芸術音楽でキリスト教的内容をもつもの。オラトリオ,その他。 (b) 宗教的民謡。キャロル,ノエルなど。

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