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吉武遺跡群 よしたけいせきぐん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

吉武遺跡群
よしたけいせきぐん

福岡県福岡市西区の早良平野を北流する室見川左岸の扇状地上に所在する弥生時代の墓地遺跡群。 1981年以降福岡市教育委員会の調査で 10群 1200基以上の甕棺 (かめかん) ・木棺墓等を発見,特に高木・大石・樋渡の3地区を中心に多数の青銅器を含む豊富な副葬品が出土し,弥生時代の墓制研究に貴重な資料を提供した。中でも弥生中期初頭の吉武高木3号木棺墓は,多鈕 (たちゅう) 細文鏡・銅剣・銅戈 (どうか) ・銅鉾・勾玉・管玉等「三種の神器」がセットで出土,同時期の他の墓に比べ著しく隔絶した地位にあり,「王墓」成立を考える上で重要である。大石地区では青銅武器のみ多く,また被葬者を突き刺した状態の磨製石剣の切先が出土し,戦士集団の墓と推定されている。樋渡地区では,5世紀の帆立貝式古墳の真下より弥生中期後半の墳丘墓が発見され,封土中に 27基以上の甕棺を検出,青銅器のほか鉄器が多く検出されている。出土した青銅器は全体的に鋭利に研磨された実用的なもので,日本域の出土例では最古の一群であり,朝鮮半島や東北アジアとの密接な関係がうかがえる。当地は奴国と伊都国のはざまに位置し,平野内の各集落を統括する有力集団として両国に先立って成立した「クニ」と考えられる。

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