平安時代の日記。1巻。別名を『和泉式部物語』とも。和泉式部と帥宮(そちのみや)敦道(あつみち)親王との恋愛の経緯を歌物語風につづった作品で、1003年(長保5)4月から翌1004年1月にかけての記事が収められている。作者については、自作説、他作説とあって結論は出されていないが、家集中の和歌の詠風が「日記」本文の心理的基調と重なり合うことなどから、式部の自作である可能性が大きい。「日記」のなかには140余首もの和歌が含まれており、宮と式部の贈答歌のやりとりとその連なりが、この2人の愛の物語を進行させる原動力となっている。和歌をつなぐ地(じ)の文は、季節の折節を明らかにし、場面を説明することによってプロットの進展を促してはいるものの、2人の心理のくまぐまを語り尽くしてやまない和歌に比べると、あたかもその従属物のような感じがしないではない。「日記」は、故人となった為尊(ためたか)親王をしのびつつ1人無聊(ぶりょう)をなぐさめている初夏のある日、故宮に仕えた小舎人童(こどねりわらわ)が、弟宮帥宮から託された橘(たちばな)の花を届ける場面から書き起こされる。以下2人の愛が深まるにつれてしだいに不安と動揺にさいなまれ、いくたびとなく訪れる途絶の危機を乗り越えながら、ついには宮の邸(やしき)に迎え入れられるまでの10か月間のことが記されている。表面華やかにみえるこの恋も、内面では「つれづれ」をかみしめ、なぐさめる、言い知れぬ孤独感や空虚感に支配された世界であったことをうかがうことができる。この作品ではまた、女主人公である式部は三人称化されて「女」と叙され、式部の視野外の事柄にも筆の及んだ部分を有しているが、これらは、宮の没後、共有した日々を追懐し、その思い出を作品として形象化する際の作者の一種の擬装であったとも考えられる。孤独を分かち合い、折を心得た一組の男女の知性と感性の応酬を、「女」の側からみごとに描ききったところに、この「日記」の際だった特色を認めることができよう。伝本としては現在、(1)三条西本(さんじょうにしぼん)系統、(2)寛元(かんげん)本系統、(3)応永(おうえい)本系統、(4)混成本系統に属する諸本が知られている。
[平田喜信]
『円地文子・鈴木一雄著『全講和泉式部日記』(1965・至文堂)』▽『藤岡忠美校注・訳『日本古典文学全集 8 和泉式部日記』(1971・小学館)』▽『野村精一校注『新潮日本古典集成 和泉式部日記・和泉式部集』(1981・新潮社)』
平安中期の日記。別名《和泉式部物語》。冷泉天皇の皇子帥宮(そちのみや)(敦道(あつみち)親王)との恋愛の顚末を,贈答歌を中心にしるしたもので,歌物語の一面をもつ。1003(長保5年)4月から翌年1月までの10ヵ月間の記事がその内容である。他作説(例えば藤原俊成説)もあるが,家集との関係および日記本文からみて,自作とすべきであろう。執筆は,07年(寛弘4)の帥宮の死以後1年の服喪期間に思い立ったものと思われる。《和泉式部続集》に入る〈すてはてんと思ふさへこそ悲しけれ君に馴れにしわが身と思へば〉〈すくすくと過ぐる月日のをしきかな君がありへし方ぞと思ふに〉などの挽歌をみると,和泉式部の失ったものがいかに大きかったかがわかり,帥宮との恋愛にみずからの手によって永遠の形象が与えられた機微もうかがえる。今も昔も変わらぬ愛の無常の実態を身にしみて感じさせる,最も純粋な恋愛日記である。
執筆者:清水 文雄
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「和泉式部物語」とも。平安時代の日記文学。和泉式部作。1003年(長保5)4月から翌年1月までの和泉式部と帥宮敦道(そちのみやあつみち)親王の恋愛を描く。145首に及ぶ贈答歌を中心に,2人の出会いからしだいに深まる恋情がたどられる。主人公は「女」と三人称で扱われ,物語的な手法がとられている。これは「伊勢集」「一条摂政御集」などにもみられ,私家集が日記文学へ発展する流れを示している。07年(寛弘4)の帥宮死去後まもなくの成立か。「日本古典文学大系」「日本古典文学全集」所収。
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…和泉式部は女房名で,江式部,式部などとも呼ばれた。すぐれた抒情歌人として知られ,《和泉式部集》正・続1500余首の歌を残し,《和泉式部日記》の作者として名高い。《後拾遺集》をはじめ勅撰集にも多くの歌を収める。…
※「和泉式部日記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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