故宮(読み)こきゅう

百科事典マイペディアの解説

故宮【こきゅう】

中国,北京にある明・清朝の宮城,紫禁城のこと。中華民国成立以後は故宮と呼ばれている。1407年永楽帝が国都を北京に移すと同時に着工したもの。東西約760m,南北約960mの広大な地域で,高い城壁に囲まれた中に,正殿である太和殿をはじめ多くの建物が整然と配置されている。現在これらの建物は文化財として保存され,午門は歴史博物院,内廷は故宮博物院として公開され,天安門前の広場は国慶節やメーデーの集会に利用されている。1987年世界文化遺産に登録。
→関連項目天安門北京北京と瀋陽の明・清王朝の皇宮群

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世界大百科事典 第2版の解説

こきゅう【故宮 Gù gōng】

北京の旧市内のほぼ中央を占める紫禁城のことで,明・清時代の宮城だから故宮といわれる。もとはこれとともに宮苑や官庁を併せ含んだ区域を皇城と称したが,周囲の城壁は早くから取り払われている。1417年(永楽15)に明の成祖永楽帝が南京から都を移し,元の宮城跡に築いたもので,明末に大破壊をこうむったあと,清がほとんどその規模を受けついで復興し今日にいたった。地域は南北960m,東西760mで,高さ10mの厚い城壁に囲まれ,四面に各1門,四隅に角楼を設け,その外に幅50m余の堀をめぐらす。

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大辞林 第三版の解説

こきゅう【故宮】

もとの宮殿。古い宮殿。 「越の国へ帰て、住み来し-を見給へば/太平記 4

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世界大百科事典内の故宮の言及

【宮廷】より

…宋の宮殿も唐制をつぐが,いわゆる征服王朝であった遼の上京と金の上京は,本城に接続して漢城を設け東を正面にしたし,元の大都では宮城が南端近くにあってモンゴルの風習に従うところが多かった。明・清時代に北京紫禁城に造営された宮殿の規模は,故宮の名で現存している。南の天安門から午門をへて儀式場である太和・中和・保和の3殿が縦に並び,その東西に文華殿と武英殿が配されていて,これが外朝にあたる。…

※「故宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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