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和田三造 わだ さんぞう

美術人名辞典の解説

和田三造

洋画家。兵庫県生。東美校卒。白馬会研究所黒田清輝に師事。文部省派遣留学生として欧州を巡歴、絵画研究のほか工芸図案を学び、帰国後は日本染色工芸協会を設立するなど色彩研究にも多くの業績を遺した。東美校教授。帝国芸術院会員。文化功労者。昭和42年(1967)歿、84才。

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デジタル大辞泉の解説

わだ‐さんぞう〔‐サンザウ〕【和田三造】

[1883~1967]洋画家。兵庫の生まれ。黒田清輝に師事し、白馬会展・官展で活躍。また、色彩研究にも多くの業績を残した。著「色名大辞典」。

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百科事典マイペディアの解説

和田三造【わださんぞう】

洋画家。兵庫県生れ。白馬会研究所に学んだ後,1904年東京美術学校卒業。1907年第1回文展出品の《南風》で2等賞を受け,一躍画名を高めたが,のち,この作品は外光派の記念碑的作品とまで評価された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

和田三造 わだ-さんぞう

1883-1967 明治-昭和時代の洋画家。
明治16年3月3日生まれ。白馬会の黒田清輝に師事。明治38年白馬会賞受賞。40年「南風」が文展の2等賞。文展審査員,帝国美術院会員となり,昭和7年には母校東京美術学校(現東京芸大)の図案科教授。色彩学を研究,20年日本色彩研究所を設立した。33年文化功労者。昭和42年8月22日死去。84歳。兵庫県出身。

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大辞林 第三版の解説

わださんぞう【和田三造】

1883~1967) 洋画家。兵庫県生まれ。黒田清輝の指導を受ける。文展・帝展で活躍。のち母校の東京美術学校教授。代表作「南風」

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

和田三造
わださんぞう

[生]1883.3.3. 兵庫
[没]1967.8.22. 東京
洋画家,色彩研究家。 1900年福岡の中学校を中退して上京し,白馬会研究所で黒田清輝に師事。 04年青木繁,熊谷守一らとともに東京美術学校を卒業。 07年第1回文展に『南風』 (東京国立近代美術館) ,翌年『い燻』 (焼失) を出品し,いずれも最高賞を受賞。 09年文部省留学生として渡欧,洋画のほか工芸図案も研究し,インドビルマ (現ミャンマー) を経て 15年に帰国。その後,文展に『バーの午後』を出品してからは,おもに絵更紗工芸と日本画に精進。また 27年に日本標準色協会を設立して,日本最初の総合標準色票『色の標準』をはじめ『改良マンセル色票』その他を発表し,色彩の研究にも尽した。また文展および帝展審査員,東京美術学校図案科教授,商工省輸出工芸審査員,日本芸術院会員,日展審査員,日展顧問などを歴任し,58年文化功労者に選ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

和田三造
わださんぞう
(1883―1967)

洋画家。兵庫県生まれ。1900年(明治33)上京して白馬(はくば)会菊坂洋画研究所に入り黒田清輝(せいき)に師事。04年東京美術学校西洋画科を卒業し、翌年白馬会展に出品して白馬会賞を受ける。7年第1回文展に外光主義の記念碑的作品とされる『南風』(東京国立近代美術館)を、第2回文展に『(いくん)』を出品して連続二等賞を受け、無鑑査となる。09年文部省留学生としてヨーロッパに渡り、フランスを中心に各国を巡遊、帰途インド、ビルマ(現ミャンマー)に滞在して15年(大正4)に帰国。27年(昭和2)帝国美術院会員、32年東京美術学校教授となり図案科の指導にあたる。また日本標準色協会、のち日本色彩研究所を設立して理事長となり、著書に『色名総鑑』『色名大辞典』がある。晩年は色彩映画に協力し、大映の『地獄門』は55年のアメリカ・アカデミー賞で色彩デザイン賞を受賞。58年文化功労者。[小倉忠夫]
『西野貫編、日本色彩研究所監修『和田三造とその偉業』(1983・六芸書房)』

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世界大百科事典内の和田三造の言及

【官展】より


[初期の文展]
 1907年に開設された文展は,日本画,洋画,彫刻の3部で構成され,第1回展の審査委員に橋本雅邦,横山大観,下村観山,竹内栖鳳,川合玉堂,黒田清輝,岡田三郎助,和田英作,浅井忠,小山正太郎,中村不折,高村光雲,長沼守敬,新海竹太郎など各派の有力作家のほか,大塚保治,岡倉天心,藤岡作太郎,森鷗外,岩村透ら学者が任命された。そして菱田春草《賢首菩薩》,和田三造《南風》の2等賞受賞(1等賞なし)などは,発足した文展の明るい面を示すものであった。しかしまた,人事をめぐる確執も最初から起こっている。…

※「和田三造」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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