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唐衣 カラギヌ

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デジタル大辞泉の解説

から‐ぎぬ【唐衣】

平安時代、十二単(じゅうにひとえ)のいちばん上に着る丈の短い衣。前は袖丈の長さで後ろはそれよりも短く、袖幅は狭く、綾・錦(にしき)・二重織物仕立て、裳(も)とともにつけて一具とする。唐の御衣(おんぞ)。

から‐ころも【唐衣/韓衣】

[名]唐風の衣服。袖が大きく、丈が長くて、上前・下前を深く合わせて着るもの。
「―君にうち着せ見まくほり」〈・二六八二〉
[枕]衣服に関する意から、「たつ」「きる」「なれ」「かけ」「かへす」「はる」「あふ」「ひも」「すそ」「つま」「そで」などにかかる。
「―竜田(たつた)の山は」〈・二一九四〉
「―日も夕暮になるときは」〈古今・恋一〉

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百科事典マイペディアの解説

唐衣【からぎぬ】

十二単(じゅうにひとえ)の最も外側に裳(も)とともに着用した袖(そで)幅の狭い短衣。奈良時代の唐式の服装である背子(はいし)が変化したものといわれる。女房装束の最上層衣として儀式的にも装飾的にも重要な意味をもち,刺繍(ししゅう)や摺箔(すりはく)などではなやかな装飾が施されたが,綾(あや)織物と赤および青色は禁色(きんじき)とされた。
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世界大百科事典 第2版の解説

からぎぬ【唐衣】

平安時代以来,公家の女子の正装であった晴装束。いわゆる十二単(じゆうにひとえ)の最上層に(も)とともに用いられた短衣で,袖幅も短くできている。これを〈からぎぬ〉と称するのは,奈良時代に行われた唐式の服装における背子(はいし)の意味であるとし,また胴(から)衣の意であるともいわれる。しかし平安時代の女房装束が,おおよそ奈良朝の唐式服装の変化したものである以上,これには用いられた背子がその根源をなすと考えるのが至当であろう。

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大辞林 第三版の解説

からぎぬ【唐衣】

〔唐風の衣の意〕
女官が正装するとき着用した短い上衣。奈良時代の背子はいしの変化したもので、幅の狭い広袖があり、襟を羽織のように折り返して上衣の上に着る。唐の御衣おんぞ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

唐衣
からぎぬ

公家(くげ)女性の衣服の一種。俗に十二単(じゅうにひとえ)といわれる女房装束(にょうぼうしょうぞく)の最上層に重ねるもの。奈良時代の女子朝服の衣の上に春・冬に着用した背子(はいし)は、袖(そで)のない、身丈の短いものであったが、平安時代中期以降、服装の長大化に伴って、袖幅の狭い袖をつけ、襟を外側へ折り返して裏側をみせる「返し襟」形式となった。さらに衣が大きく、身丈も裾(すそ)を引く長さとなって、夜着の袿衣(けいい)と形が同様となり、衣(きぬ)とも袿(うちき)ともよばれるようになると、その上に重ねて着る背子も、それにしたがって大きくなり、身丈がやや長く、身幅が二幅(ふたの)、袖幅は狭いが袖丈が長く、広袖形式で、唐衣と称されて、四季を通じて用いられた。これは腰に着装する裳(も)とともに正装の象徴のように考えられた。平安時代末期から鎌倉時代にかけての唐衣の遺品は伝わらないが、当時の絵巻物などによってそのあらましを知ることができる。室町時代の遺品として、和歌山県・熊野速玉(はやたま)大社御神宝装束(国宝)のなかに唐衣があり、それらは襟の後部を円弧形にしたものと、角形につくったものと2種ある。その仕立て方のほか、織物、色目などの点についても、中世の唐衣の実体を知ることができて貴重である。なお、後ろ襟の角形の部分を近世では髪置(かみおき)とよんでいる。中世から現代に至るまで、唐衣は表地と裏地が毛抜き合わせに縫ってあり、近世以降の袿では襟、袖、裾などの縁のところで、表地が裏地より1センチメートルほど控えられて、いわゆる「おめり」となっているのに対して、古様を伝えている。
 材質は、表地に錦(にしき)、二重(ふたえ)織物、浮(うき)織物、固(かた)織物、綾(あや)、平絹(ひらぎぬ)などのほか刺しゅうを施したものも用い、裏地に菱文(ひしもん)の綾、平絹が使われた。表地の地文には、正装の最上層のものとして、品格高く、端正な印象を与えるもの、たとえば亀甲(きっこう)、三重襷(みえだすき)、花菱(はなびし)、小葵(こあおい)などを用いた。また、禁色の赤色、青色、錦や二重織物などの唐衣は、勅許を得た上(じょうろう)(高位)の女房でなければ用いられなかった。『枕草子(まくらのそうし)』に「からぎぬは短き衣とこそいはめ、されどそれは、もろこしの人のきるものなれば」とあり、『紫式部日記』に「色ゆるされたる人々は、例の青色、赤色の唐衣に、地摺(ぢずり)の裳、上着はおしわたして蘇芳(すおう)の織物なり」とある。[高田倭男]

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