コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

8件 の用語解説(裳の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


裙とも書く。女子用和服の一つ。女子の上衣下衣の2部式被服構成の時代に,下衣として用いられたもの。その形態は5~6世紀に盛行した埴輪土偶の女子像にみられ,奈良時代礼服 (らいふく) の際には重ね裳の風習があったが,承和7 (840) 年に勅令で禁じられた。この結果,袴の上に裳を当て裾を長く引くこととなり,平安時代女房装束が完成してからは,引腰 (飾り紐) の美しさが女装の美しさとなった。さらに鎌倉時代以降,女装における袴の不便と宮中儀式の衰退につれて,裳的な湯巻や裳と袴を兼用する裳袴 (もばかま) というものができることとなった。しかし盛装には形態が変っても裳を略することはなかった。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

しょう【裳】[漢字項目]

人名用漢字] [音]ショウ(シャウ)(漢) [訓]も もすそ
〈ショウ〉下半身に着るスカート状の衣類。「衣裳霓裳(げいしょう)
〈も〉「裳裾(もすそ)玉裳(たまも)

チマ【裳】

《〈朝鮮語〉》朝鮮民族の女性用民族服で、胸からくるぶしまでの長さの巻きスカートチョゴリ(短い上着)とともに用いる。→朝鮮服

も【×裳】

古代、腰から下にまとった衣服の総称。
律令制の男子の礼服で、表袴(うえのはかま)の上につけたもの。
平安時代以後の女房の装束で、表着(うわぎ)袿(うちき)の上に、腰部から下の後方だけにまとった服。
僧侶が腰につける衣。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

裳【も】

古代以来,女子が用いた服具。唐衣(からぎぬ)とともに女子の正装を構成する。奈良時代の裳は今日のスカートのような形をしていたが,平安時代には後方半身に形式的につけるようになり,襞(ひだ)も大きくなって,引腰(ひきごし)という長い飾紐(かざりひも)もつけられた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

も【裳】

古代の上流階級女子がはいたロングスカート状の衣服,および平安時代以降女房装束(十二単)に着装された服具。古墳時代の女子人物埴輪にあらわされた上下二部式衣服の腰衣が,《古事記》に見られる裳に当たると思われる。飛鳥時代の裳については,聖徳太子の薨去後,冥福を祈って作られた《天寿国繡帳(てんじゆこくしゆうちよう)》に立縞と横縞の女子の裳が描かれている。《万葉集》に,はねず色や紅の赤裳というものが散見し,高松塚古墳壁画女子像の裳は立縞文様となっていて裾に飾襞(かざりひだ)がつけられている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

も【裳】

腰から下にまとう衣服。
奈良時代、律令制による礼服のときに、男女とも用いた腰巻式のもの。
平安時代以後、公家の女房などが正装するとき、袴はかまの上につけ、後方のみにたれた襞ひだ飾りのあるもの。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


古墳時代以来、上流階級や僧侶(そうりょ)に用いられた腰部につける衣服。裙とも書かれる。古墳時代の女子人物埴輪(はにわ)に表された上下二部式衣服の腰衣が裳にあたると思われる。飛鳥(あすか)時代初期における女子の裳と男女の褶(ひらみ)については、中宮寺の天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)にそのあらましが認められる。後期の裳は高松塚古墳壁画女子像が示唆してくれる。これは3、4色の立縞(たてじま)文で裾(すそ)に飾襞(かざりひだ)がつけられている。養老(ようろう)の「衣服令(りょう)」では、文官の礼服(らいふく)における白袴(しろきはかま)の上に褶を着けるとし、女子の礼服には褶を着け、その下に纈裙(ゆはたのも)(裳)をはくと定めている。この裙の色は蘇芳(すおう)、深浅紫、緑である。女子の朝服には褶を省き、六位以下の者は緑・縹(はなだ)の纈紕裙(ゆはたのそえのも)としている。紕裙は、色絹を縦に細くはぎ合わせた裳である。官人の制服には緑か縹か紺の纈、または紅裙(くれないのも)を用いるとある。当時の形式は、薬師寺伝来「吉祥天(きちじょうてん)画像」、正倉院宝物「鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)」そのほか、および実物遺品にうかがえる。『延喜式(えんぎしき)』縫殿(ぬいどの)寮の巻、中宮の年中御服の項に、上裙・下裙の別、平絹や羅(ら)などの材質、色彩と必要量をあげていて、奈良時代から平安時代初期の裳を知る手掛りとなっている。
 平安時代中期以後、衣服の和様化、長大化によって女子は裳をはかなくなり、正装である女房装束(十二単(ひとえ))において裳の腰とよばれる紐(ひも)を後ろから前に回して結んで着けるか、裾を後方に長く引く形式的で装飾的な構成具の一つとなった。そこで従来の裳の前部の名残(なごり)をとどめて、上方両脇(わき)に短い頒幅(あがちの)といわれる部分をつけ、十幅(との)仕立ての裳の主要部を裾とよんだ。そこには摺(す)り絵や描き絵で、祝日には海賦(かいぶ)文や松鶴(まつつる)の吉祥文を、一日晴(いちにちばれ)といってその日のみ衣服に好みの色や文様を許されるときには、象眼(ぞうがん)や金銀の箔(はく)押しを加えて歌絵を表し、文学的趣向をも凝らした。室町時代後期から江戸時代後期までの裳は、八幅(やの)仕立てで頒幅はなく、丈が短くなり、懸帯(かけおび)といわれるもので肩から吊(つ)るしかける形式になった。しかし江戸時代末期に古様に改められ、腰部で締めて後ろに引く形式に戻った。[高田倭男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内のの言及

【服制】より

…衣服に関する制度,規制をいう。
【中国】
 中国では,広義には服装全般にわたる規定をいうが,ひと口に服装といっても,腰から上の着物である〈衣〉,腰から下の〈裳(しよう)〉(男女共用のスカート状のもの,したばかま)のみならず,〈冕(べん)〉(かんむり),帯,履物,装飾品など,要するに身につけるいっさいのものにおよぶ。狭義には喪服(もふく)および服喪に関する規定をいう。…

【懸帯】より

…江戸時代の裳(も)についている帯と,平安時代の社寺参拝などのとき女子が胸から背にかけて垂れ結んだ帯をいう。(1)は平安時代になって形式的に衣の後ろにつけるようになり,そのひもも装飾化して引腰(ひきごし)などというものもできたが,鎌倉時代以後,裳は平時には用いられなくなり,その着装法にも変化が起こった。…

【チマ】より

…朝鮮語で女子の服装に用いる裳(も)の義で,洋装のスカートにあたる。男子の冠服にもチマがあったが,特殊なものでやはり〈裳〉とよばれた。…

※「裳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

エンゲルの法則

家計の総消費支出に占める飲食費の割合 (エンゲル係数 Engel coefficientと呼ぶ) は,所得水準が高く,したがって総消費支出が大きいほど低下するというもの。エンゲル係数は国民の消費生活面...

続きを読む

コトバンク for iPhone

裳の関連情報