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善円 ぜんえん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

善円
ぜんえん

鎌倉時代前期の仏師。奈良を本拠として活躍した善派の棟梁で,善慶善春,善実らと西大寺関係の仕事を多く手がけた。承久3 (1221) 年に『十一面観音像』 (奈良国立博物館) ,嘉禄1 (25) 年に東大寺指図堂の『釈迦如来像』,宝治1 (47) 年に西大寺の『愛染明王像』,貞応2 (23) ~嘉禄2 (26) 年に『地蔵菩薩像』などを造った。

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百科事典マイペディアの解説

善円【ぜんえん】

鎌倉時代の仏師。生没年不詳。13世紀前半に東大寺興福寺などで製作,東大寺指図(さしず)堂釈迦如来像(1225年)や西大寺愛染明王像(1247年)などの小像があり,運慶風を消化した,洗練された美しさを見せる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

善円 ぜんえん

1197-? 鎌倉時代の仏師。
建久8年生まれ。奈良を中心に活躍。承久(じょうきゅう)3年作の十一面観音立像(奈良国立博物館),嘉禄(かろく)元年作の東大寺の釈迦如来坐像,宝治(ほうじ)元年作の西大寺の愛染(あいぜん)明王坐像などの巧緻(こうち)な小像をのこす。一門の善慶,善春らとともに善派とよばれる。善慶と同一人説が有力。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

善円
ぜんえん

生没年不詳。鎌倉中期、奈良を中心に活躍した善派の仏師。その作風は当時流行の慶派との関係を無視できないが、やや趣(おもむき)を異にした穏やかさをもつ。現存する作品は1221年(承久3)の十一面観音立像(奈良国立博物館)、1223年(貞応2)~1226年(嘉禄2)ごろの地蔵菩薩(ぼさつ)立像(堀口家旧蔵)、1225年(嘉禄1)京都・海住山寺(かいじゅうせんじ)でつくった東大寺指図(さしず)堂釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)、叡尊(えいぞん)の発願になる1247年(宝治1)の西大寺愛染(あいぜん)明王坐像などがある。これらはみな50センチメートルにも満たぬ小像だが、細緻(さいち)な技巧をみせている。善円、善慶、善春ら善派の仏師たちは、西大寺関係の仕事が多い。[佐藤昭夫]

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世界大百科事典内の善円の言及

【善派】より

…鎌倉初期から中期にかけて奈良を中心に造像活動を行った仏師の一派。善円(生没年不詳),善慶(?‐1257)など善の一字を付した名の人物たちなのでこうよばれている。この一派は西大寺中興の叡尊と深い関係があったらしく,善円作の愛染明王像,善慶作の釈迦如来立像など西大寺の像は叡尊の発願で造立され,善慶の子善春(生没年不詳)は80歳の叡尊像(1280)を製作している。…

※「善円」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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