喜多村 緑郎(読み)キタムラ ロクロウ

20世紀日本人名事典の解説

喜多村 緑郎
キタムラ ロクロウ

明治〜昭和期の新派俳優(女形)



生年
明治4年7月23日(1871年)

没年
昭和36(1961)年5月19日

出生地
東京・日本橋橘町

本名
喜多村 六郎

主な受賞名〔年〕
文化功労者〔昭和30年〕,文化勲章〔昭和30年〕,毎日出版文化賞〔昭和37年〕「喜多村緑郎日記」

経歴
11歳で商業見習いに出されたが、20歳で帰京、雑俳にこって鴬亭金升に入門。明治25年仲間らの素人芝居で伊井蓉峰の妹役を演じ俳優の道に入る。青柳捨三郎一座に入り喜多村緑郎を名乗る。29年高田実秋月桂太郎らと大阪道頓堀角座を本拠に成美団を結成、新派のリアリズム演劇術を開拓。39年帰京、本郷座出演から東京で活躍、泉鏡花と親交、鏡花作品を次々上演。大正4年伊井、河合武雄とともに新派三頭目時代を築いた。当たり役は「滝の白糸」の白糸、「婦系図」のお蔦などで、昭和23年芸術員会員、30年重要無形文化財保持者に指定され、同年「婦系図」湯島境内の2000回上演を達成した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

喜多村 緑郎
キタムラ ロクロウ


職業
新派俳優(女形)

肩書
日本芸術院会員〔昭和23年〕,重要無形文化財保持者(新派女形)〔昭和30年〕

本名
喜多村 六郎(キタムラ ロクロウ)

屋号
緑屋

生年月日
明治4年 7月23日

出生地
東京府 日本橋橘町(東京都 中央区)

経歴
11歳で商業見習いに出されたが、20歳で帰京、雑俳にこって鴬亭金升に入門。明治25年仲間らの素人芝居で北村みどりの名で伊井蓉峰の妹役を演じ俳優の道に入る。青柳捨三郎一座に入り喜多村緑郎を名乗る。29年高田実、秋月桂太郎らと大阪道頓堀角座を本拠に成美団を結成、新派のリアリズム演劇術を開拓。39年帰京、本郷座出演から東京で活躍。佐藤紅緑や泉鏡花などと親交を深め、壮士芝居とは違った文学的な芝居を確立する。41年泉鏡花作「婦系図」をお蔦で初演。大正4年伊井、河合武雄とともに新派三頭目時代を築いた。昭和18年6代目尾上菊五郎と「一本刀土俵入」で20年ぶりに顔合わせし、初役お蔦を演じる。他の当たり役に「日本橋」のお孝、「松菊抄」のお栄、「残菊物語」の五代目尾上菊五郎、「不如帰」の浪子、新版「二筋道」のおすがなど。23年日本芸術院会員、30年人間国宝、同年文化功労者となる。31年には「婦系図」のお蔦を85歳で演じ話題となる。33年訪中日本演劇代表団の一員として中国演劇界を視察。著書に「芸道礼讃」「喜多村緑郎日記」がある。

受賞
文化功労者〔昭和30年〕 勲三等旭日中綬章〔昭和36年〕 毎日演劇賞(第7回 昭29年度),毎日出版文化賞〔昭和37年〕「喜多村緑郎日記」

没年月日
昭和36年 5月16日 (1961年)

伝記
歌舞伎―研究と批評〈43〉特集 歌舞伎の反射鏡としての新派新日本現代演劇史〈2〉安保騒動篇 1959〜1962対談集 源泉の感情みごとな幕切れ 歌舞伎学会 編大笹 吉雄 著三島 由紀夫 著戸板 康二 著(発行元 歌舞伎学会,雄山閣〔発売〕中央公論新社河出書房新社三月書房 ’09’09’06’90発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

367日誕生日大事典の解説

喜多村 緑郎 (きたむら ろくろう)

生年月日:1871年7月23日
明治時代-昭和時代の新派俳優
1961年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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