泉鏡花(きょうか)作の長編小説。1907年(明治40)『やまと新聞』に連載され、翌年、前編・後編に分けて春陽堂より刊行。早瀬主税(はやせちから)は隼(はやぶさ)の力(りき)という掏摸(すり)だったが、ドイツ語学者酒井俊蔵(しゅんぞう)に拾われて書生となり、更生する。柳橋の芸者蔦吉(つたきち)とひそかに夫婦になるが、酒井は許さず、2人は別離を命じられる(このくだりは、師尾崎紅葉が認めなかった鏡花とすず夫人の同棲(どうせい)に基づいている)。静岡の資産家河野英臣(ひでおみ)は、娘たちを秀才に縁づけて閨閥(けいばつ)をつくろうという野心をもち、その息子英吉は酒井の娘妙子(たえこ)を見そめる。妙子は、実は柳橋の芸者小芳(こよし)との仲に生まれた子で、主税とは兄妹同様に育てられた。主税は河野家の閨閥主義に対抗し、妙子を河野家に与えてはならないと決心。後編では、静岡へ行った主税が、河野夫人の昔の不義をあばき、河野一族を死に追い込む顛末(てんまつ)を描く。東京に残ったお蔦(蔦吉)も酒井に許されるが病死し、主税は服毒して死ぬ。自由な無我の愛を圧制する婚姻制度の束縛のなかでの、愛情の至高をつづった作品。
劇化は、単行本が刊行された年の9月、新富座初演。柳川春葉(やながわしゅんよう)脚色、伊井蓉峰(ようほう)の主税、喜多村緑郎(きたむらろくろう)のお蔦という配役で、成功とはいえなかったが、喜多村の入念な演出は回を重ねるごとに洗いあげられ、新派名狂言の一つになった。「湯島の境内」の場は原作にはなく、初演を見てこの場が気に入った鏡花は、のちに自ら書き下ろした。新派型物の代表場面であり、一幕物として上演されることが多い。
[藤田 洋]
『『婦系図』(『鏡花全集10』所収・1940・岩波書店)』▽『『湯島の境内』(『鏡花 小説・戯曲選12 戯曲篇 2』所収・1982・岩波書店)』
泉鏡花の長編小説。1907年(明治40)《やまと新聞》に連載。翌年春陽堂より刊行。主人公早瀬主税(ちから)は新進のドイツ語学者だが,少年時代は隼(はやぶさ)の力(りき)とあだ名された掏摸(すり)。縁あって大学教授酒井俊蔵にひろわれて書生となる。早瀬には柳橋の芸妓でお蔦という愛人がおり,同棲するが,恩師酒井の知るところとなって別れなければならなくなる。酒井家の一人娘妙子は,お蔦の姉芸妓小芳に生ませた子であった。妙子と河野英吉との縁談が,芸者の子ということで破談になるや,早瀬は河野家の権門主義への報復をもくろむ。これは権力主義者たちへの反抗を縦糸とし,それに薄幸の美女の運命を横糸として織り込む,鏡花の代表的風俗小説である。08年9月東京新富座で初演された。
執筆者:笠原 伸夫
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