最新 心理学事典 「図形残効」の解説
ずけいざんこう
図形残効
figural after-effect
この現象は,ギブソンGibson,J.J.が行なった曲線の湾曲に関する心理学実験や,ケーラーKöhler,W.らが行なった図形の大きさや距離の知覚変容に関する心理学実験で研究されてきた。たとえばギブソンの実験では,緩やかに湾曲した円弧や,それと同じような曲がり方をしている折れ線を見つづけると,時間が経つにつれて曲率が減少するという順応現象が報告されている。また,それらの円弧や折れ線に対して順応した直後に,垂直線分を視野内の同じ位置に提示すると,円弧や折れ線と逆方向に曲がって見えるという残効現象が観察できる(ギブソン効果)。ケーラーは,ギブソンの実験結果や彼ら自身の実験結果に基づき,心理物理同型説psychophysical isomorphismを提唱し,場の理論による視知覚の統一的説明を試みた。この理論は,実証性に乏しく,それゆえ発展はしなかったものの,心理現象と神経機構を統合的に理解しようとする初期の試みとして評価できる。またこの時期には,日本では図形残効の心理学実験が数多く報告された。
多くの図形残効実験は,2次元平面の白黒二値図形を対象としてきているが,それ以外にも多様な刺激図形が用いられている。ケーラーやギブソンらは,3次元平面を用いた奥行き方向の傾きを対象とした実験を1940年代から1950年代に行なっており,これらは3次元物体表象の中核概念である可視表面に関する実験的研究の先駆けを成すものである。その後,コンピュータによる画像処理技術の進歩に伴い図形提示方法が多様化した結果,たとえば顔図形のような複雑な図形を操作して提示することができるようになった。そしてその技術を用いて,顔輪郭,顔図形の局所形状,視線方向のような図形特徴から,表情,性別,性格,人種のような,図形特徴には単純には帰着できないような顔独自の特徴までも対象として,広範囲の順応実験が行なわれ,それぞれ残効が報告されてきている。
図形残効と神経機構の関係を考えるうえで,ブレイクモアBlakemore,C.が1960年代に行なった,空間周波数spatial frequencyに対する順応と残効に関する実験は重要である。この実験では,空間周波数が低く粗い縞に順応すると,直後に提示される縞が残効により密に見え,逆に密な縞に順応すると,直後に提示される縞が粗に見える。ブレイクモアは,この「大きさの順応size adaptation」は,空間周波数に関する特徴抽出器がヒトの神経機構に存在し,かつ周波数次元の特徴空間で側抑制lateral inhibitionと同等の機能をもつと仮定すれば説明できるという提案を行なっている。また,この説明原理は幾何学的錯視geometric illusionの説明にも応用されている。神経機構を直接調べた生理学実験としては,1990年代から2000年代にかけて,ネコやサルの視覚系の神経細胞の活動を記録し,順応により適刺激となる特徴が変化する事例が報告されてきている。これらの時間変化は,順応時の細胞の疲労で説明されることもあるが,刺激環境に適応した結果であるという説明が有力である。 →ゲシュタルト心理学 →錯覚 →順応
〔喜多 伸一〕
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