国書(読み)こくしょ

大辞林 第三版の解説

こくしょ【国書】

一国の元首がその国の名をもって発する外交文書。
漢籍・仏典などに対して、日本で書き著された書物。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国書
こくしょ

古代

古代の東アジアの国家や君主の間の外交文書をいう。推古(すいこ)朝に「日出処天子致書日没処天子」(日出(ひいず)る処(ところ)の天子(てんし)、書(しょ)を日没(ひぼっ)する処の天子に致す)で始まり、煬帝(ようだい)の不興を買った国書(『隋書(ずいしょ)』倭国伝(わこくでん)大業3年条)、「東天皇敬白西皇帝」(東天皇(ひがしのてんのう)、敬(つつし)みて西皇帝(にしこうてい)に白(まお)す)で始まる国書(『日本書紀』推古天皇16年9月辛巳(しんし))が知られる。しかし、当時はまだ形式・字句などが整っていなかったらしく紛争を生む原因ともなった。律令制下、国書は詔勅の形式をとったが、『延喜式(えんぎしき)』中務省(なかつかさしょう)に規定がある。臣下に下す形式の慰労詔書(いろうしょうしょ)を対新羅(しらぎ)・渤海(ぼっかい)外交に用いて上表の提出を求めたものの新羅に無視されたことはよく知られる。[門脇二]

近世

江戸時代に朝鮮、安南(アンナン)、呂宋(ルソン)などの元首にあてられた将軍・大御所(おおごしょ)の公的外交書簡。当初将軍・大御所は、国書のなかで自らを「日本国源某」と記し、日本年号を使用し、家臣の書簡のなかでは「日本国主(にほんこくしゅ)」を使用させた。一方、外国からの書簡では「日本国王」とするものが多かった。1635年(寛永12)の柳川一件後は、自らの書簡ではこれまでどおり「日本国源某」と記し、日本年号を使用したが、相手国の元首からの外交書簡では将軍の呼称を「日本国大君(たいくん)」とし、「日本国王」の呼称をやめた。なお、相手国の元首の書簡も国書といわれた。日本固有の著書、日本語の書物も国書と呼ぶ。[藤井讓治]
『田代和生著『書き替えられた国書』(1983・中公新書) ▽荒野泰典著『近世日本と東アジア』(1988・東京大学出版会) ▽藤井讓治著「17世紀の日本――武家の国家の形成」(朝尾直弘他編『岩波講座日本通史12』所収・1994・岩波書店)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

こく‐しょ【国書】

〘名〙
① 国家の間で交換する文書。
※中右記‐元永元年(1118)二月二九日「大宋国商客陳次明申、給本朝返牒唐事、人人一同被申云、本自無牒、日本国書付商客申調遣返牒事忽不有也」 〔魏書‐高祐伝〕
② 国の元首がその国の名で発する外交文書。批准書や条約に関する全権委任状など。
※随筆・折たく柴の記(1716頃)中「近例彼使進見の時、その国書をば、上々官といふものしてまいらせたりき」
③ 日本で著述された書籍・記録。和書。
※東京年中行事(1911)〈若月紫蘭〉一月暦「進講すべきものは洋書漢書国書(コクショ)の各一節と決まって居るので有る」

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