国際責任(読み)こくさいせきにん

改訂新版 世界大百科事典 「国際責任」の意味・わかりやすい解説

国際責任 (こくさいせきにん)

国家その他の国際法主体が国際法上の義務に違反したときに負わなければならない責任を国際責任という。国際法上の権利・義務が帰属する国際法主体は,原則的に国家で,国際組織および個人も国際法主体性を認められ,国際責任を負うことがあるが,例外的である。その意味で,国際責任は〈国家責任〉ともいわれる。近代国家の国内法のもとでは,違法行為は民法上の不法行為と刑法上の犯罪とに分類されるが,国際違法行為は前者に似ている。それ自体,国際違法行為であっても,自衛(自衛権),復仇(ふつきゆう)などの要件を満たす場合,国際責任は解除される。しかし,そうでない場合,一般に,被害国は,加害国に対し原状回復または金銭賠償を請求する。また,違法行為をめぐる紛争が国際裁判所に付託されると,訴訟は民事訴訟に準じた形式で進行する。同格的な主権国家が併存する国際社会には,平等な当事者間の利害の調整または負担の公平をはかろうとする民事責任的思考が受け入れられやすい。もっとも,第1次大戦後,侵略戦争は国際社会全体の利益を害するから,国際社会全体の名で糾弾されるべき国際犯罪であるとする観念がしだいに形成され,現に,第2次大戦後,敗戦国の戦争指導者は〈平和に対する罪〉を犯したという理由で処罰された。しかし,その処罰の法的根拠については,議論の余地があった。また,その後,ジェノサイド集団殺害)などが国際犯罪とされた。だが,これらを国際機関で処罰する体制は,ほとんど整っていない。したがって,国際法に国際犯罪の観念が出現したといっても,依然,国際責任は基本的には民事責任に似ており,そこで,国際違法行為は〈国際不法行為〉という形で論じられることもある。

 国家の行為は,具体的には国家機関の行為として成り立つ。国家機関の地位にある個人が権限内でなす行為は,作為であれ不作為であれ,国家自身の行為とみなされる。そして,それが国際法に違反しているならば,国家が国際違法行為をなしたものと把握され,国際責任を負うことになる。国家機関の種類は問われない。国家を対外的に代表する元首,外務大臣外交使節の行為はもちろん,政府以下の行政機関の行為によっても,国内法上独立した地位を与えられる立法機関司法機関の行為によっても,また,地方自治体の行為によっても,国家は責任を負うし,州の行為によって,連邦は責任を負う。さらに,下級公務員の行為によって,国家は責任を負う。これに対し,国家機関の地位にある個人が権限外でなす行為,たとえば,休暇をとった警官が私服で外国人とけんかして傷つけたような場合は,私人の行為と同じであって,国家は責任を負わない。ただし,権限外の行為が国家機関の地位と実質的に関連をもち,外見的にも職務上の行為とみられるとき,たとえば,警官が故意にまたは誤って外国大使館を捜索するような場合は,国家機関の権限が外部のものに識別しにくいことを理由に,国家は責任を負うとするのが多数説である。私人のした行為が国家の行為としての意味を帯びないことはいうまでもない。したがって,一民間人が外国人から財産を強奪しても,そのことだけでは,国家は責任を負わない。だが,私人のそのような行為が契機となって,国家が責任を負うことがある。すなわち,国家は自国領域内で私人が外国人の生命・財産などを侵害しないよう事前に〈相当な注意〉をもって防止すべき義務,また,そのような侵害行為がなされたとき,事後の〈国内的救済〉を与えるべき義務を担っている。そこで,国家が私人の侵害行為を事前に警察力を使って防止しなかったとき,また,裁判所で被害者に事後の救済を与えなかったとき,国際法上の義務に違反することになる。つまり,私人の侵害行為によって国家が責任を負うようにみえても,そうではなく,国家機関の義務違反に基づいて,国家は責任を負うのである。

 国際責任が成立するためには,国際法に違反する行為のほか,国家機関の側に故意または過失が存在しなければならないとする過失主義が通説であった。しかし,国内法で公害問題などに関連して無過失責任が認められる傾向が顕著になってきているように,国際法においても,原子力利用,宇宙開発などが活発に行われるにともない,無過失責任が認められる傾向があらわれている。

 国際責任を負うに至った国家は,責任を解除しなければならない。解除手段には種々のものがあり,国際法上一定していないが,結局は被害国が満足し,しかも加害国が受け入れる方法によって,国際責任は解除される。おもな解除手段としては,原状回復,金銭賠償,陳謝がある。物質的損害に対しては前2者が,精神的損害に対しては後者が利用されるのが,普通である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「国際責任」の意味・わかりやすい解説

国際責任
こくさいせきにん
international responsibility

国際法上の義務の違反または不履行(国際違法行為)に伴い、その事後救済のため国家が国際法上負う責任のこと。国家責任といい、その成立要件としては、(1)国家による国際法違反の作為または不作為の存在(客観的要因)、(2)発生した違法行為の国家への責任帰属(主体的要因)、(3)損害の発生(財産・人身に関する有形損害のほか、国家の保全・威信など無形損害を含む)がある。さらに、侵略、強力による植民地支配、集団殺害、アパルトヘイト、大気・海洋の大量汚染など、国際社会の基本的利益の侵害については、国家の国際犯罪とみなし、従来の国家責任とは異なるものとして扱おうとする主張もある。これは、特定の他国に対して負う義務とは区別して、国際社会の全構成員に対して負う普遍的義務(1970年バルセロナ電力会社事件、国際司法裁判所判決)の違反を理由とするものである。このような新しい国際違法行為の責任を追及するには、国際機関だけではなく、今後、現実に損害を受けていない第三国にも当事者適格を与え、民衆的争訟の制度を認めることが必要である。また、以上の3要件のほか、学説上対立はあるものの、国家機関による故意・過失という要因も、かならずしもすべて(1)の客観的要因に包摂できる(客観責任主義)ものではなく、私人による侵害行為の防止・排除についての国家の注意の相当性を認定する基準として重要である。さらに、近年、科学技術の進歩に伴い、「高度の危険性を内蔵する」事業活動の分野では、国際法上禁止されていない行為から生じた第三者損害について、事業者または船主(航空機、原子力、海洋汚染による損害)のほか国家(宇宙損害)に対しても、条約上、無過失責任を課する例もあり、また、環境保全に関する国家の注意義務を国際基準化するなど、国際法上も危険責任主義の適用をみるようになっている。国際責任を解除するには、加害国は、原状回復、陳謝、損害賠償、責任者の処分、再発防止の確約などの事後救済措置をとる。

[山本草二]

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百科事典マイペディア 「国際責任」の意味・わかりやすい解説

国際責任【こくさいせきにん】

国家その他の国際法主体が国際法に反する行為(国際違法行為)を犯した場合に負う責任。国際法主体は国家であることが多いので国家責任ともいうが,国際組織や個人もこの主体として認められることがある。従来国際責任はおもに国際違法行為を行った加害国と直接法益を侵された被害国との間の賠償責任の問題として処理されていたが,最近では個別国家の法益をこえて国際社会全体に対する義務の存在が肯定されるようになり,そうした義務に違反する行為を国際違法行為としてとらえ,故意・過失を問わず(無過失責任),国家のすべての国際違法行為は国際責任を発生させると考えられている。国家の国際違法行為が成立するためには,問題行為が国家に帰属すること,当該行為が国際義務に違反すること,という二つの要件が必要で,この要件がそろえば客観的な国際責任が発生する。この結果なんらかの損害を被った国家または私人は国際違法行為を行った国家に対して国際請求を行うことができ,加害国家はそれに対して原状回復や金銭賠償,満足(陳謝・責任者の処罰など)などの措置をとる義務を負う。例えば従軍慰安婦問題で,関係諸国,国際法曹委員会などの国際的民間団体は日本の国家責任を認めて,何らかの救済を求めている。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「国際責任」の意味・わかりやすい解説

国際責任
こくさいせきにん
international responsibility

国家またはその他の国際法上の主体が国際義務に反することにより生じる責任。こうした主体は,従来もっぱら国家に限定されていたため国家責任とも称される。国家の国際責任は,伝統的に国家が故意または過失により国際法上の義務に違反したときに生じるとされてきた。たとえば,自国の領域内において私人が外国人の身体もしくは財産を傷つけたとき,当該国家があらかじめそうした事態が生じることを「相当な注意」をもって防止することを怠っていたり,事後に犯人の処罰を怠った場合がこれにあたる。しかし今日では,国際責任の成立の要件は,国際義務に反する行為の存在と,こうした行為が特定の国家に帰属することであるとされ,故意または過失の存在は独立した要件とはされない傾向にある。たとえば,国連国際法委員会による国家責任の法典化作業もこの立場をとる。また宇宙損害や原子力損害,海洋汚染などの「高度の危険性を内蔵する活動」に関しては,国家に無過失責任原則を課す傾向が顕著である。こうして生じた責任は,当該国家により解除されることを要する。かかる解除の方法としては原状回復,損害賠償,陳謝などがある。

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