従軍慰安婦問題(読み)じゅうぐんいあんふもんだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

従軍慰安婦問題
じゅうぐんいあんふもんだい

第1次上海事変頃に始まり日中戦争,第2次世界大戦(→太平洋戦争)を通じて日本軍将兵の性的な相手をさせられた,従軍慰安婦と呼ばれる女性をめぐる問題。日本軍は占領地域において,軍規の維持や兵士による性犯罪の抑止のため,慰安所を利用した。慰安所は中国各地に百数十~二百数十,フィリピン,ビルマ,インドネシアなど東南アジアにも 100以上が設けられたとされる。慰安所の建設,経営,監督,衛生管理,そこで将兵の相手をする慰安婦の募集・渡航などに日本軍が関与したと指摘され,問題となった。慰安婦は日本人のほかは朝鮮出身者が最も多く,ほかに台湾,中国,フィリピン,インドネシアなど日本の植民地や占領地から集められた。その多くは虚偽の勧誘などにより本人の意に反して慰安婦とされたといわれ,慰安所では苛烈な扱いを受けたといわれる。人数については,女性のためのアジア平和国民基金アジア女性基金)の発表によると,研究者の間でも大きな開きがあるが数万~20万人と推計されている。1990年,大韓民国(韓国)の元慰安婦らが日本政府に事実調査と謝罪,補償を要求したほか,台湾や中国,フィリピン,およびインドネシアに居住していた旧宗主国オランダの女性からも補償を要求する声があがり,国際的に波紋を広げた。当初,日本政府は軍の関与を否定したが,1991年12月に調査を開始し,1992年7月に軍の関与を認め謝罪した。また 1993年8月には河野洋平内閣官房長官が談話(河野談話)を発表し,慰安婦の募集に強制性があったと認めた。1996年1月,国連人権委員会(→人権理事会)の特別報告者ラディカ・クマラスワミによる,法的責任の受け入れや賠償などを日本政府に勧告する報告書(クマラスワミ報告)が提出され,国連人権委員会はこの報告書に「留意する」と決議した。補償について日本政府は,対日講和条約や「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(日韓請求権・経済協力協定。→日韓基本条約)などの二国間条約によって対応してきており,国家としての新たな個人補償はできないという立場をとる一方,1995年7月に民間基金のアジア女性基金を発足させ,基金を通じて各国の元慰安婦に補償や支援を行なった。しかし日本国内では,慰安婦を集める際の強制性や軍の関与を疑問視する意見も根強い。2011年,韓国憲法裁判所が,元慰安婦への個人補償が日韓請求権・経済協力協定の例外にあたるかについて,韓国政府が日本政府と交渉しないことは違憲であるとの判断を示した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

従軍慰安婦問題
じゅうぐんいあんふもんだい

日中戦争および太平洋戦争時に、旧日本軍が従軍慰安婦を置いていたとされる問題。1991年(平成3)8月、韓国人の金学順(きんがくじゅん/キムハクスン)は実名で記者会見し、旧日本軍によって従軍慰安婦としての扱いを受けたことを明らかにした。同年12月には金学順を含むソウルの「太平洋戦争犠牲者遺族会」の会員35名が日本政府に対して個人補償を求めて東京地裁に提訴した。そのときの証言は、従軍慰安婦をめぐって日本の国内はもとより周辺アジア諸国や国連など国際社会に大きな波紋を投じた。

 従軍慰安婦とは「日中戦争及び太平洋戦争中に集められ、戦地で、将兵の性的欲求に応ずることに従事した女性」(日本国語大辞典)とされる。ただし、当時このことばは使われていなかったとされている。現実に太平洋戦争時に旧日本軍当局は占領地域内での日本軍兵による性的不祥事や性病などの予防のために慰安所を設営・管理した。慰安所には日本のほか、朝鮮半島を中心に中国、台湾、フィリピンなどの女性が集められたが、その数は8万人とも20万人ともいわれる。日本政府は軍の関与に関して否定的姿勢をとっていたが、1992年には韓国で対日批判が噴出し、金泳三(きんえいさん/キムヨンサム)政権も真相の究明を要請するなど、問題究明に取り組まざるをえなくなった。軍による組織的強制連行を示す証拠は確認されなかったものの、1993年7月に行われた韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査の結果、翌8月に政府はそれが「総じて本人たちの意思に反して行われた」ことを認め、謝罪の意を表明した。また同年11月の日韓首脳会談で当時の首相細川護熙(ほそかわもりひろ)が改めて日本の植民地支配について謝罪、これに対し金泳三は一定の評価・理解を示し、「これ以上過去にこだわることのない、新たな日韓関係の構築」を提案、この問題は政府間においては、いちおうの決着をみている。しかし個人補償の要求は継続しており、政府は1995年7月に元従軍慰安婦を支援するための「女性のためのアジア平和国民基金」(略称「アジア女性基金」。2007年3月末解散)という任意団体を発足させ、支援事業を行った。それに対して元慰安婦支援団体からは、あくまでも国による補償が必要だとして反発があった。

 一方、国連では1992年から慰安婦問題の検討を人権委員会で始め、1994年4月には「女性に対する暴力問題」特別報告官ラデイカ・クマラスワミRadhika Coomaraswamyを任命して問題の究明にあたらせた。1996年3月には同氏の最終報告書が人権委員会に提出されたが、そのなかで慰安所制度の国際法違反、元慰安婦への個人補償、すべての資料の公開、公開の書面による謝罪など、日本政府に対して六つの勧告を行っている。また国際労働機関(ILO)も「慰安所」に関して「強制労働に関する条約に違反する戦時性的強制被害者として特徴づけられる」として意見を表明、さらにアメリカ下院議会でも慰安婦問題に対し、日本政府へ公式謝罪を求める決議を2007年7月に採択している。

 こうした国際社会での批判のなかで、近年日本国内ではそれらの批判に疑義を呈す一方、「慰安婦強制」を否定し、教科書から同問題の言及を削除すべきとする主張も存在している。いずれの主張をとるにせよ、問題の徹底的究明と補償を怠るべきではない。

[青木一能]

『吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(1992・大月書店)』『秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(1999・新潮社)』『吉見義明著『従軍慰安婦』(岩波新書)』

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従軍慰安婦問題

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