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在日本朝鮮人総連合会 ざいにほんちょうせんじんそうれんごうかい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

在日本朝鮮人総連合会
ざいにほんちょうせんじんそうれんごうかい

朝鮮民主主義人民共和国を支持する在日朝鮮人の団体。朝鮮総連と略称。 1955年5月,在日朝鮮統一民主戦線が解消され,代わって結成された。朝鮮民主主義人民共和国の海外公民としての立場を堅持し,日本への同化教育を清算して民主的民族教育の充実に努力し,初等教育から大学教育まで整えている。また『朝鮮新報』をはじめ多数の新聞,雑誌を発行するなど在日朝鮮人の生活,企業活動の便を図っている。現在構成員は約 20万名で,傘下団体は約 30。

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知恵蔵の解説

在日本朝鮮人総連合会

在日朝鮮人の民族的利益を代弁し、その実現と民族性を守るため活動する民族団体。正式名称は「在日本朝鮮人総聯合会」で、東京都千代田区富士見に中央本部を置く。国籍のいかんにかかわらず、「在日同胞と各団体」により構成される連合体であるとされるが、「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国家的、法的保護を受ける」団体である。
1949年に連合国軍総司令部(GHQ)に解散させられた在日本朝鮮人連盟(45年結成)を源流にして55年に設立された。50年に始まった朝鮮戦争に当たり、北朝鮮を支援する「吹田事件」が52年に起きたことなどから、破壊活動防止法に基づく調査対象団体に指定されている。民族教育の機関として各級の民族学校などを各地に展開し、文化活動として「金剛山歌劇団」などを擁し、民族芸術振興を進めている。
日本と国交のない北朝鮮政府の窓口としても機能していたため、「外交機関に準ずる機関」として総連関連施設は固定資産税の減免など、外国公館同様の扱いを受けていた。また、傘下の在日本朝鮮信用組合協会に加盟する、各地の朝鮮信用組合は、民族系金融機関として機能していた。バブル経済の崩壊後、不良債権が続出、総連資金としての流用なども相まって、信用組合の破綻(はたん)が相次いだ。これらの債務を引き受けた整理回収機構は総連中央本部の土地建物の差し押さえを申請、2013年には競売入札が行われた。同年3月の入札では、北朝鮮との関係が深い鹿児島県の「最福寺」が破格の45億円で落札したものの、代金を納められず無効となった。10月の再入札ではアヴァール・リミテッド・ライアビリティー・カンパニーなるモンゴルの企業が、3月をも上回る50億円で落札したが、同社がほぼ実体のないペーパー・カンパニーであることから、様々な臆測を呼んでいる(13年11月11日)。

(金谷俊秀 ライター / 2013年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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デジタル大辞泉の解説

ざいにほん‐ちょうせんじんそうれんごうかい〔‐テウセンジンソウレンガフクワイ〕【在日本朝鮮人総連合会】

朝鮮民主主義人民共和国を支持する在日朝鮮人の全国組織。1945年(昭和20)に設立された在日本朝鮮人連盟の後身、在日朝鮮統一民主戦線を母体として1955年に発足。略称、朝鮮総連。

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百科事典マイペディアの解説

在日本朝鮮人総連合会【ざいにほんちょうせんじんそうれんごうかい】

在日朝鮮人の団体。略称は朝鮮総連。1945年に結成され,1949年に米占領軍の命令で解散させられた在日本朝鮮人連盟(朝連)と,その後1951年に結成された在日朝鮮統一民主戦線(民戦)を前身組織として,1955年に結成。
→関連項目在日朝鮮人在日本大韓民国民団

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世界大百科事典 第2版の解説

ざいにほんちょうせんじんそうれんごうかい【在日本朝鮮人総連合会】

朝鮮民主主義人民共和国を支持する在日朝鮮人の団体。略称朝鮮総連。1955年5月,それまでの在日朝鮮統一民主戦線(民戦)を発展的に解消してつくられた。朝鮮総連は日本の内政に不干渉,朝鮮民主主義人民共和国の海外公民としての立場に立ち,在日同胞を共和国の周囲に結集させ,南・北半部の同胞との団結を強固にする,祖国の平和的統一・独立に献身する,在日同胞の民主的・民族的権利の擁護,母国語による同胞子弟の民主的民族教育の実施などの8大綱領を掲げた。

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大辞林 第三版の解説

ざいにほんちょうせんじんそうれんごうかい【在日本朝鮮人総連合会】

朝鮮民主主義人民共和国を支持する在日朝鮮人の全国組織。略称、朝鮮総連。1945年(昭和20)設立された在日本朝鮮人連盟の後継団体、在日朝鮮統一民主戦線が、55年発展的に解消して結成されたもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

在日本朝鮮人総連合会
ざいにっぽんちょうせんじんそうれんごうかい

在日朝鮮人による民族的権益の保護を目的とした任意団体。正式名称は在日本朝鮮人総聯合会で、略称は朝鮮総連。1955年(昭和30)設立。日本の民法上では「権利能力なき社団」にあたる。組織は中央本部、地方本部、支部、分会からなる。最高議決機関は3年に一度中央委員会により召集される全体大会で、全体大会が開かれるまでの間は中央委員会が最高議決機関となる。傘下には商工連合会や社会科学者協会などの団体と、朝鮮新報社、朝鮮通信社などの事業体がある。
 前身は、1945年(昭和20)に民族団体として結成された在日本朝鮮人連盟(朝連)である。朝連はコミンテルンによる一国一共産党の原則のもとで日本共産党の影響下にあったが、1949年9月、日本政府によって解散させられた。サンフランシスコ平和条約の発効や、1950年に始まる朝鮮戦争による南北対立などを背景に、朝連の後身、在日朝鮮統一民主戦線(民戦)を母体として、1955年に日本共産党から離れた団体である朝鮮総連が設立された。初代議長となった韓徳銖(かんとくしゅ/ハンドクス)(1907―2001)が、金日成(きんにっせい/キムイルソン)の指示により組織化したものである。同年に採択され、1995年(平成7)まで存続した綱領の第1条には「われわれはすべての在日朝鮮同胞を朝鮮民主主義人民共和国政府のまわりに総結集し、祖国南北同胞との連携と団結を緊密強固にする」とあった。日本国内にありながら、北朝鮮の公民として活動し、同国政府に対して忠誠を誓う団体ということである。一方で、日本の革命運動には参与せず、内政問題にも関与しない。こうしたあり方は、北朝鮮の国内事情、北朝鮮政府の対日方針、対南方針の変化によって、朝鮮総連の活動が大きく左右されることを意味する。また、北朝鮮は、「不倶戴天(ふぐたいてん)の敵、アメリカ」の同盟国である日本を「敵地」と規定しており、朝鮮総連は、敵地で活動する北朝鮮の公民団体という性格をもつ。そのため朝鮮総連は、在日朝鮮人の民族的権利を擁護するとともに、北朝鮮の出先機関的な役割をもつという、複雑な性格を有することになる。
 1955年に採択された綱領は1995年と2004年(平成16)に改正され、現行の綱領の第1条には「われわれは、愛族愛国の旗じるしのもとに、すべての在日同胞を朝鮮民主主義人民共和国のまわりに総結集させ、同胞の権益擁護とチュチェ(主体)偉業の継承、完成のために献身する」とある。「チュチェ偉業」とはチュチェ思想による革命偉業ということであり、チュチェ思想とは、ソ連や中国とは異なる北朝鮮独自の国家機構の制度化(国家主席制、首領制)をイデオロギー面で支えるための思想で、これによって金日成を中心とする「唯一思想体系と唯一的指導体制」を確立しようとしたものである。このことからも、朝鮮総連の基本的な性格は、結成以来、現在に至るまで変わっていないということができるのである。[武井 一]

朝鮮学校

朝鮮総連は民族教育も柱としており、朝鮮大学校を頂点として、日本各地に朝鮮初級学校、中級学校、高級学校を設置している。民族教育は第二次世界大戦終了後、帰国準備と次世代教育を目的とした国語講習所に起源をもつが、朝鮮総連系の朝鮮学校における教育は、朝鮮民族としての民族教育、朝鮮語教育という側面と、北朝鮮公民育成という要素をもっている。それゆえ、1967年に北朝鮮で金日成が絶対化されるようになると、その状況にかなった教育が行われるようになった。朝鮮総連設立時は、帰国を希望する在日一世や、帰国を希望するものの朝鮮語をほとんど理解できない人々も多かった。また、国家建設のために北朝鮮国内で在日朝鮮人を必要としていたという背景もあったため、その人たちに対して民族教育や朝鮮語教育を行うことは、一定の意味があったといえる。帰国運動に始まる帰還事業もその一環であったといえよう。一方、1970年代以降、在日朝鮮人の日本定住化傾向が強まり、国籍を韓国や日本に変更する者も増えているが、北朝鮮公民の立場をとる朝鮮総連や朝鮮学校の視点には、定住朝鮮人として日本社会で生活するための教育という考え方は乏しい。[武井 一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の在日本朝鮮人総連合会の言及

【在日朝鮮人帰還協定】より

…1959年8月13日インドのカルカッタで日本赤十字社と朝鮮民主主義人民共和国赤十字会との間で結ばれた在日朝鮮人の共和国帰還に関する協定。1953年朝鮮戦争の休戦協定成立前後から在日朝鮮人の共和国への帰国希望者が出はじめ,また55年在日本朝鮮人総連合会結成以後,共和国の経済建設への参加,教育問題・生活問題の帰国による解決などの大衆的要望が出され,帰国運動を組織的に展開,11万余の帰国希望者が登録された。日本政府は59年2月,基本的人権にもとづく居住地選択の自由という国際通念の原則で閣議了解にいたった。…

※「在日本朝鮮人総連合会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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