改訂新版 世界大百科事典 「民族教育」の意味・わかりやすい解説
民族教育 (みんぞくきょういく)
文化をともにする集団としての民族の構成員に,みずからの経済的・社会的・文化的発展を自主的に追求できる態度・能力を育てる教育。ナショナリズムの教育に近いが,これは近代国家の国民の教育を指しており,国民教育と民族教育とは必ずしも一致しない。たとえば日本では両者は一致していると思われがちだが,国民としての日本人にはアイヌ民族なども含まれ,一致はしていない。また民族教育の語は植民地・半植民地の民族や少数民族の独立と解放のための教育を指すことが多く,これら諸民族の抵抗意識や解放への願望がこの語にこめられることが多い。民族教育では母語による教育を基本とし,民族の歴史・文化などの教授が尊重される。
近代の国民国家・民族国家の成立とともに,ときに民族の神話・伝説さらに非科学的な歴史観の注入により民族の優越性を不当に強調し,人々を教化・統合する教育が行われ,他民族の抑圧・支配のための戦争を容認し,植民地主義,排外主義,大国主義(植民地人民に対する慈恵主義を含む)を促す教育にはしったことがある。これは他民族を蔑視した偏狭な民族主義教育であり,19世紀末から1945年の第2次大戦敗戦にいたる日本の教育はそのような民族主義教育に陥っていた。45年以前の代表的な民族教育に,インドで1937年ガンディーが提案した母語による7年の無償教育を骨子としたベーシック・エデュケーションbasic educationがある。これは民族文化軽視への不満に発しており,本国政府により弾圧されたが,国民会議派が支持し,独立後の教育建設の基盤となった。
第2次大戦後には世界人権宣言が出され,また国際的に民族教育の基本を定め,各国・各民族が承認しているのは〈国際人権規約〉(1976)であり,そこにはまず民族自決権が規定されている(A規約第1条)。これにもとづき民族の文化的発展の自由な追求を担う力量の形成,民族的自覚の形成などが求められる。さらに基本的人権としての民族教育は〈人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向する〉と同時に,〈諸国民の間及び人種的,種族的又は宗教的集団の間の理解,寛容及び友好を促進する〉ものでなければならないとされている(同規約第13条)。戦後日本の民族教育では在日朝鮮人の教育が重要な問題となっている。1910年の〈日韓併合〉以後,朝鮮では〈皇民化〉教育が強行され,また労働力として日本へ強制連行された人も多かった。戦後,在日朝鮮人が自主的に選んだ教育の方針・内容を尊重する,つまり民族教育の権利を保障することは,基本的人権の尊重をうたった日本国憲法下の日本政府の責任である。しかし,48年にはアメリカ軍政部が朝鮮人自身の手で民族教育推進のため開設されていた朝鮮人学校の閉鎖命令を出し,また日本の高校生による朝鮮人学校生徒への集団暴行も繰り返された。さらに66年には,外国人学校への立入調査,教育中止命令,学校閉鎖などの権限を文部大臣に認める〈外国人学校法案〉の制定が試みられ,在日朝鮮人の民族教育はたびたび危機に直面した。加害者であったのは日本人であり,日本の教職員による民族についての自覚的な教育が要請されている。
→在日朝鮮人
執筆者:森田 俊男+山住 正己
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報