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坂東三十三所 バンドウサンジュウサンショ

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デジタル大辞泉の解説

ばんどう‐さんじゅうさんしょ〔‐サンジフサンシヨ〕【坂東三十三所】

関東地方にある、観音菩薩(かんのんぼさつ)を安置する33か所の霊場。

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百科事典マイペディアの解説

坂東三十三所【ばんどうさんじゅうさんしょ】

関東における三十三所観音霊場のこと。西国三十三所の影響を受けて鎌倉初頭成立,のち西国三十三所秩父三十三所(三十四所)とともに日本百観音霊場を構成。鎌倉期には主として修行僧が巡礼したが,14―15世紀以降民衆化した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ばんどうさんじゅうさんしょ【坂東三十三所】

坂東三十三ヵ所観音霊場巡(順)礼ともいう。関東地方一円に広がる観音霊場を巡る巡礼コースで,西国三十三所の影響を受けてできたもの。後に,西国三十三所,秩父三十四所とともに日本百観音霊場を構成する。成立したのは鎌倉時代の初頭で,将軍源頼朝の観音信仰を契機としたともいわれる。鎌倉時代にこの霊場を参籠しながら巡礼したのは修行僧で,一般の人々が参加するのは14,15世紀のことである。足利市の鑁阿(ばんな)寺には当時の巡礼札が納められ,武士や庶民の名がみられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

坂東三十三所
ばんどうさんじゅうさんしょ

関東地方にある33か所の観音(かんのん)霊場。当地方から西国(さいごく)三十三所を巡拝するのは容易でないため、鎌倉時代の初期に、信仰の便宜を図って坂東八か国に選定されたもの。その分布は、相模(さがみ)8、武蔵(むさし)6、上総(かずさ)3、下総(しもうさ)3、上野(こうずけ)2、下野(しもつけ)4、常陸(ひたち)6、安房(あわ)1である。
 将軍源頼朝(よりとも)の観音信仰は有名で、これが当地方に観音霊場が設けられるに至った一助ともいわれる。鎌倉時代には頼朝はじめ武士の参詣(さんけい)者が多かったが、江戸時代になると庶民の巡礼が盛んとなり、坂東三十三所に加えて、秩父(ちちぶ)三十三所(実際は三十四所)および西国三十三所を巡る百か所詣(まい)りも行われるようになった。
 札所の順路は、相模国鎌倉の第一番杉本寺に始まり、武蔵、上野、下野、常陸、下総、上総を経て安房の第33番那古(なこ)寺に至る。なかでも有名なのは第四番の長谷寺(はせでら)(鎌倉)、第13番の浅草寺(せんそうじ)(東京)、第18番の中禅寺(日光)である。鎌倉長谷寺の本尊十一面観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)は奈良の長谷寺と同木異体であると伝える巨大な木像である。
 浅草寺の本尊聖(しょう)観世音菩薩は浅草(あさくさ)観音として知られ、628年(推古天皇36)に檜前浜成(ひのくまはまなり)・竹成兄弟が宮戸川で漁労中、網にかかったものといわれる。中禅寺の本尊十一面千手(せんじゅ)観世音菩薩は、奈良時代の僧勝道上人(しょうにん)が中禅寺湖の湖上に現れた千手観音の姿を立ち木のままの桂(かつら)の木に急いで彫ったものという縁起をもち、立木(たちき)観音とよばれる。[平井俊榮]
『清水谷孝尚著『坂東観音霊場記』(1972・金声堂)』

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