慈光寺(読み)じこうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

慈光寺
じこうじ

埼玉県ときがわ町にある天台宗の寺。白鳳年間,慈訓が開いた観音霊場を起源とし,さらにここに役小角が西蔵坊を建立したと伝えられるが,開山鑑真の弟子釈道忠,役小角は根本開山とされている。平安時代,清和天皇から勅額「天台別院一条法華院」を賜ったほか,鎌倉時代には源頼朝も愛染明王像などを寄進,江戸時代には徳川綱吉の母桂昌院が金襴緞子の打敷きを寄進している。九条兼実がみずから書写し奉納したと伝えられる法華経一品経など経文 33巻が国宝に指定されているほか,国の重要文化財の紙本墨書大般若経,開山塔,銅鐘,金銅密教法具を所蔵。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

慈光寺【じこうじ】

埼玉県ときがわ町にある天台宗の寺。本尊十一面千手千眼観音。683年慈訓(じくん)が慈光翁から寺地を,春日翁から千手観音を授かり観音霊場を開いたという。役行者(えんのぎょうじゃ)が来遊鑑真(がんじん)の弟子道忠(どうちゅう)が堂宇を整えた。平安時代清和(せいわ)天皇から〈天台別院一乗法華院〉の勅額を得たといい,関東の有力寺院として栄えた。宜秋門(ぎしゅうもん)院(任子(にんし))筆を含む写経全33巻は国宝,寛元(かんげん)3年(1245年)銘の銅鐘,独鈷鈴ほかの金堂密教法具,開山塔(木造宝塔)は重要文化財。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

慈光寺

埼玉県比企郡ときがわ町にある寺院。天台宗。観音霊場として開基奈良時代に道忠が開山したと伝わる。本尊は十一面千手千眼観音。源頼朝が奥州の藤原泰衡追討の際に戦勝を祈願した寺として知られる。国宝「慈光寺経」を所蔵。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

慈光寺
じこうじ

埼玉県比企(ひき)郡ときがわ町西平(にしだいら)にある天台宗の寺。都幾山(ときさん)一乗法華院(いちじょうほっけいん)と号する。本尊は千手観音(せんじゅかんのん)。坂東(ばんどう)三十三所第9番霊場。かつては女人禁制の修験(しゅげん)の寺であった。寺録によれば、673年(天武天皇2)慈光老翁の草創と伝えられ、僧慈訓(じくん)に千手観音像を刻ませて安置したのを開基とする。奈良時代の終わりごろ、鑑真(がんじん)の弟子釈道忠(しゃくどうちゅう)が堂宇を建立して開基第1世となった。貞観(じょうがん)年間(859~877)には天台別院一乗法華院と称されるようになった。源頼朝(よりとも)は1191年(建久2)奥州征圧成就(じょうじゅ)を記念して当寺一山75坊の営膳(えいぜん)料と田畑1200町を寄進。1591年(天正19)に徳川家康が100石の朱印寺領を給した。のち東叡山(とうえいざん)寛永寺末寺となり、一山75か寺あって関東天台別院となった。1270年(文永7)に藤原兼実(かねざね)ら一族が寄進した法華一品経(ほっけいっぽんきょう)は優雅な装飾経で、阿弥陀経(あみだきょう)、般若心経(はんにゃしんぎょう)とともに国宝に指定されている。道忠の創建と伝えられる開山塔、紙本墨書大般若経、銅鐘、金銅密教法具は国の重要文化財で、畠山重忠(はたけやましげただ)の名が刻まれた板碑など所蔵文化財は多い。[中山清田]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の慈光寺の言及

【都幾川[村]】より

…山間の段々畑では茶がつくられ,弓立山の南西斜面ではミカンが栽培されている。天台宗の古刹(こさつ)慈光寺には国宝の《法華経一品経》のほか,重要文化財の開山塔など文化財が多い。堂平(どうだいら)山(876m)山頂には国立天文台堂平山観測所がある。…

※「慈光寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

暑さ指数

湿度、気温、日差しの強さの3要素で暑さを表す指標。正式名称は湿球黒球温度(Wet-Bulb Globe Temperature)で、WBGTと略される。熱中症の危険度を判断する目安として国際的に用いら...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android