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埼玉古墳群 さきたまこふんぐん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

埼玉古墳群
さきたまこふんぐん

埼玉県行田市にある古墳群。前方後円墳を主体とした古墳群で,円墳としては径 100mもある関東最大の丸墓山がある。稲荷山将軍山愛宕山二子山,瓦塚,鉄砲山,奥ノ山,中ノ山などは前方後円墳である。

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デジタル大辞泉の解説

さきたま‐こふんぐん【埼玉古墳群】

埼玉県行田市にある古墳群。知知夫(ちちぶ)国造の墳墓を含むといい、また、稲荷山(いなりやま)古墳がある。

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百科事典マイペディアの解説

埼玉古墳群【さきたまこふんぐん】

埼玉県行田市埼玉に所在する古墳群。8基の前方後円墳(うち4基は長軸が100mを超す大型墳)と直径100m余の円墳1基とが国指定史跡。金象嵌(ぞうがん)銘鉄剣で知られる稲荷山(いなりやま)古墳もこのうちの一つ。
→関連項目円墳

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世界大百科事典 第2版の解説

さきたまこふんぐん【埼玉古墳群】

埼玉県行田市埼玉に所在する古墳群で,かつては大小の古墳数十基からなっていたが,現在は国指定史跡の二子山,稲荷山,将軍山,愛宕山,鉄砲山,中の山,奥の山,瓦塚の8基の前方後円墳と円墳丸墓山からなる。古墳群は標高20mほどの平坦部に群在しているが,古くはローム台地上に築かれたもので,前方後円墳は二重の長方形の周濠をもつことが確認されている。築造者については秩父国造説,武蔵国造説などがあった。1968年に発掘調査された稲荷山古墳の礫槨から出土した鉄剣の剣身表裏に,金象嵌による115文字の銘文が発見されてから,考古学,古代史の分野で,銘文をめぐって各種の論が展開されている。

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大辞林 第三版の解説

さきたまこふんぐん【埼玉古墳群】

埼玉県行田市にある古墳群。数十基あった古墳のうち稲荷山いなりやま古墳を含む約十基が現存。 → 稲荷山古墳

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国指定史跡ガイドの解説

さきたまこふんぐん【埼玉古墳群】


埼玉県行田(ぎょうだ)市埼玉ほかにある5~7世紀ごろの古墳群。利根川と元荒川に囲まれた標高17~18mの沖積地に立地する。9基の大型古墳の周りに陪臣の小型古墳である円墳35基、方墳1基があったが、昭和初期に周囲の沼地の干拓で取り壊され、現在は8基の前方後円墳、1基の円墳と新たに発見された小型円墳跡が残る。古墳時代、このあたりは東が東京湾につながる埼玉沼という大きな湖に突き出た半島だったといわれ、大型古墳が東西600m、南北900mの狭い範囲に密集し、大和地方の天皇陵クラスの大古墳にしか見られない二重周濠が前方後円墳のほとんどにめぐらされている。1938年(昭和13)に国史跡に指定され、名称変更を経て、1989年(平成1)に追加指定が行われた。径105mの丸墓山(まるはかやま)古墳は日本最大の円墳であり、主軸長138mの二子山(ふたごやま)古墳は武蔵国(むさしのくに)(現在の埼玉県、東京都、神奈川県の一部)で最大規模の前方後円墳。主軸長120mの稲荷山(いなりやま)古墳は、1968年(昭和43)の発掘調査によって、画文帯神獣鏡(しんじゅうきょう)や翡翠(ひすい)の勾玉(まがたま)などとともに国宝に指定された「金錯銘(きんさくめい)鉄剣」が出土したことで全国的に知られている。全長約73.5cmの鉄剣には金象嵌による115文字の銘文が刻まれ、銘文は西暦471年の年号を記した現存最古の文章といえる。築造者については、秩父国造(ちちぶのくにのみやつこ)説、武蔵国造説などがあるが、銘文をめぐってはさまざまな議論が展開されている。後円部の横穴石室が公開されている主軸長90mの将軍山古墳からは、全国でも珍しい馬のための馬冑(ばちゅう)が出土した。主軸長73mの瓦塚(かわらづか)古墳からは形象埴輪が多数出土、そのほか109mの鉄砲山古墳、79mの中の山古墳、66mの奥の山古墳、53mの愛宕山(あたごやま)古墳が古墳群を形成している。周辺はさきたま古墳公園として整備され、さきたま史跡の博物館には出土品が展示されている。JR高崎線北鴻巣駅から徒歩約40分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

埼玉古墳群
さきたまこふんぐん

埼玉県行田(ぎょうだ)市埼玉(さきたま)に所在する古墳群。5世紀末から7世紀のころに築造された。現在は8基の前方後円墳(稲荷山(いなりやま)、二子山(ふたごやま)、愛宕山(あたごやま)、瓦塚(かわらづか)、鉄砲山、中の山、奥の山、将軍山の各古墳)と円墳丸墓山(まるはかやま)の計9基が国指定史跡となっているが、かつては大小あわせて40基ほどの古墳からなっていたと思われる。長軸が100メートルを超す大型墳として稲荷山、二子山、鉄砲山、将軍山の4古墳があり、直径100メートル余、高さ18メートルの丸墓山は平地における円墳としては日本一である。古墳群は現在水田地帯に囲まれた平坦(へいたん)部にあるが、かつては荒川、利根(とね)川の乱流地帯で、ローム台地と低湿地が入り組んでいたと考えられ、古墳はいずれもローム台地上に築かれていたものである。現在の標高は約18メートルである。古くからその所在は知られており、被葬者については秩父国造(ちちぶくにのみやつこ)説、武蔵(むさし)国造説などがあった。1966年(昭和41)から史跡整備事業が行われ「さきたま風土記(ふどき)の丘」として保存活用が図られてきた。環境整備のための発掘調査などにより、稲荷山古墳や二子山古墳などの周濠(しゅうごう)は二重の長方形に巡らされていることが判明。その一環として稲荷山古墳の発掘調査が68年に実施された。その結果、墳頂部から粘土槨(ねんどかく)、礫槨(れきかく)の二つの埋葬施設が確認された。とくに礫槨は盗掘を受けておらず、神獣鏡、勾玉(まがたま)、挂甲(けいこう)、帯金具(おびかなぐ)、馬具、大刀、鉄鏃(てつぞく)、工具など多数の出土品があった。のちに出土品の保存処理を行ったところ、出土鉄剣の剣身の表裏に、金象眼(きんぞうがん)による115文字の長文の銘文が発見され、考古学・古代史研究のうえに重要な史料を提供した。83年、鉄剣は他の出土品と一括して国宝に指定された。[柳田敏司]
『『埼玉稲荷山古墳』(1980・埼玉県教育委員会)』

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