不動産,主としてその上に設定された諸権利を売り渡すときに,売主から買主に渡される私的な証文をいう。中世では沽券(こけん),沽却状(こきやくじよう),近世では売渡状(うりわたしじよう),売渡証文などと称する。
奈良時代には,公田の売買は禁止され,墾田・園地・宅地の売買は許された。その手続は,まず売主・買主間の売買合意書(辞状,解状(げじよう)などという)が土地所在地の郷長(ごうちよう)に提出され,郷長は審査のうえ,解状の形式でこれを郡へ,郡はこれを国へと上申する。郡・国はこれを審議して,それぞれに許可の文言を記し,その証拠に官印を押捺(おうなつ)した。また国はほかに2通の写を作り,正文(しようもん)は買手に与え,写は国・郡に各1通ずつ保存した。かかる手続を経た証書は,形式的には解状という公文書であり,内容的にはまさに登記証書ともいうべきものであって,一般にいう売券とは別のものであった。このような手続のうちから,売主・買主の解状または辞状と称する合意書が独立し,私的な売券として発達してきたのは,平安時代中期ごろからである。
売券は原則として,売手・買手・売買対象・代価の記載が具備していることが必要である。しかしこれらは必ずしも一様ではない。すなわち売主・買主ともに通常は個人であるが,社寺の講衆,惣村の乙名(おとな)のような団体の場合もまれではない。対象物も,土地に関する諸職(しよしき)権,河海の漁業権,社寺参詣者の案内権,ときには人間の労働権など,その範囲は多様である。また代価の種類も時代により著しい変化を示す。一貫してみられるのは米と銭であるが,平安時代末期ごろから鎌倉初期にかけ家畜や絹・苧(からむし)などの繊維品があてられたことがある。以上のような必須条件を備えた売券でも,当時の政治・経済・宗教などの社会の諸状況に敏感に対応し,時代や地域の特殊性に左右され,形態的にも内容的にも実に多種多様の変化を示している。
現在だけでなく将来においても,売買契約が正確に遵守されるためには,売主はさまざまの保証義務を負った。その一つに保証人の連署がある。各時代を通じて売主の家族,とくに嫡男の加署が圧倒的に多く,その他庶子や夫妻の署名も少なくない。さらにその地域社会における有力者の連署もあった。室町時代には,下作人(げさくにん)などの農民や都市商人などの保証もみられた。江戸時代になると,村役人制度が確立し,名主・庄屋が売券に奥判を加えることが制度化した。以上のほかに保証文言(もんごん)の記載がある。代表的なものは〈本直反弁文言(ほんじきへんべんもんごん)〉であって,契約違反による買主の損失を,売主が売価で弁償することを約束するものである。またきわめて特殊かつ重要なものとして〈徳政文言(もんごん)〉がある。鎌倉時代中期以降,売却地などが無償で売主に返還されるという徳政令が発布されるようになると,売券には,徳政の適用から逃れる旨を記入することがきわめて多くなった。
中世売券に,〈先祖相伝〉〈買得相伝〉などの文言が常套文句となっているのは,売主が売却地に対する権利の正当性を主張する手段である。それを具体的に立証するために,その対象物が売主の所有に至るまでの,過去の売券や譲状(ゆずりじよう)などの証文を一巻の巻物として,売券に添えて買主に渡すことが,売買における必須の手続であった。この巻物を当時〈手継証文(てつぎしようもん)〉〈本公験(ほんくげん)〉などと称した。中世では火事・盗難・戦乱などにより,手継証文などがしばしば紛失したので,売主はその事情を明記した文書を作り,これに在地の役人や有力者の証判を受けた。これを〈紛失状〉という。これがなくては売買が成立しにくかったのである。また中世においてしばしば行われた土地の分割売買で,手継証文を買主に渡しえないときには,売主は手継証文の一部に,分割の旨を記入する方法をとる場合が少なくなかった。
中世で売券の一種とみられたものに,本銭返し(ほんせんがえし)売券と年季売券がある。前者は売却後,随時または特定期日以内あるいは以後に,売主が売価と同額の米・銭を買主に支払えば,土地は売主に返還されるという契約である。これに対し後者は,約定期日が経過すると,売却物は無償で売主のもとに戻すというものである。この両者は,質・貸借における抵当・担保とその性格がきわめて近似している関係から,互いに混同される場合がきわめて多かった。ことに1643年(寛永20)江戸幕府が田畑(でんぱた)永代売買禁止令を発布すると,本銭返し売券と年季売券は質証文の一種として,売券の代りに広く各地で使用された。
執筆者:宝月 圭吾
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財産の売買に際し、売買行為の合法性と将来にわたるその効果を保証するために、売り主から買い主に渡される証文。「うりけん」ともいう。沽券(こけん)、沽却状(こきゃくじょう)ともいい、近世では売渡証文などともよぶ。冒頭を「売渡」「沽却」「沽却進」などの文言で書き出すのが普通。現存する売券のほとんどは土地や土地上の諸権利に関するものであるが、なかには人身の売券もある。その形式は時代によって著しく変化している。律令(りつりょう)制下の土地売券では、当事者の申請によって、所管官司が上級官司の許可を得るために作成した「解(げ)」様式をとるものが多い。しかし平安中期以降、売買が当事者相互の契約に変化するとともに、売券も売り主が作成・署判する形となった。この署判者に、一族近親・保証人・口入人(くにゅうにん)などが加わる場合もある。また、売券の記載内容はまず売買対象物の特定を要件とするが、そのほか、私的証文としての性格が強まるにつれ、徳政担保文言など種々の保証(担保)文言が明確化する傾向をもつ。なお、売買のとき、売券とともにその土地に関するいっさいの権利関係文書(手継(てつぎ)券文)が売り主から買い主に引き渡されるのが原則であった。
[久留島典子]
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…日本中世の土地売却形態の一つ。永久に売る売却の意で,中世の土地売買契約書である売券に多くみられ,今日の〈売却〉に近い意味の言葉として使用されている。日本の古代社会の土地売却における〈売る〉という語には,賃租を意味する〈売〉と〈永売〉という2形態が存在した。…
※「売券」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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