中国,唐代の中期(9世紀初)から北宋の初め(11世紀初)にかけて,寺院や都市の盛場で上演された〈俗講〉という講釈の台本,ないしはそれを記録した作品の総称。今世紀の初め,敦煌の石窟から当時の写本が大量に発見されて,語られた説話文学の原初の形態が初めて明らかとなった。基本的には語りと唱(うた)いとの交互の組合せから成り,歴史的には六朝時代から行われてきた通俗的な説教の〈唱導〉から発展したものと考えられる。唱導は仏典の内容を平易に節回しよろしく語り聞かせるものであったが,この伝統を継ぐのが唐代の〈講経文〉で,《法華経》や《維摩経》などの経典の原文を初めから一節ずつ引用しつつ解説し,さらにそれを五言や七言の韻文で詠唱するという3段の形式を繰り返す。それにもいちいちこまかな手順が決められていたことは,ペリオ3849号とスタイン4417号の両写本で知られる。さらに必ずしも特定の経典によらずに,釈迦の本生譚やその他の仏教説話を自在に潤色しながら語り,かつ唱うのもあり,さらには仏教とは関係なく中国の史伝や物語を主題とした講釈も増えてきた。
これら現存の写本には〈変文〉と題するもののほか単に〈変〉と題するものや,〈縁〉〈話〉〈詞文〉〈記〉〈讃〉など種々あるが,〈変〉とは〈維摩変〉や〈浄土変〉のように,仏典に説かれた話を絵にかいたもの(変相)をいい,敦煌の壁画にもその実物があるほか,変文の写本にも絵の付いたのや,〈幷(あわ)せて図一巻〉と題したものや,〈一鋪〉(画幅1枚の意)とか〈画本〉とか題したものがある。つまり語り手は絵の各場面を指し示しながら語り進めたのであった。講経文は俗講僧によって定期的に寺院で口演されたが,その他の通俗な語り物は〈変場〉という市中の寄席(よせ)で演ぜられた(《酉陽雑俎(ゆうようざつそ)》前集巻五)。唐末の宗密の《円覚経大疏鈔》巻十三に,梁代の画家の張僧繇にまつわる俗談に言及して〈これは変家が俗に随って撰作した(でっちあげた)もの〉と言っており,このような変文の作者ないし講釈師は〈変家〉と呼ばれたらしい。またこれは変場で興行されただけでなしに,妓女や女の旅芸人によっても語られたことは,それを詠んだ李賀や吉師老の詩によって知られる。
このような唱い語りの作品を一般に〈講唱文学〉と呼ぶが,発見された写本には語りだけのものや,唱いだけのものや,また対話体のものなどもあって,それらを変文との関係でどう位置づけするかは,まだ未解決の問題である。《敦煌変文集》(北京,1957)はこれらの作品をも含めた包括的な集成であるが,その本文校訂はまだ不十分であり,豊富に用いられている当時の口語についても,十分には解明されていない。欧米学者による翻訳・研究としては,A.ウェーリー《Ballads and Stories from Tun-huang》(1960)が最初の紹介の試みであり,メーアVictor Mair《Tun-huang Popular Narratives》(1983)は内外の研究成果を踏まえた綿密な業績である。
→変相図
執筆者:入矢 義高
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中国で唐から五代にかけて流行したと思われる絵解き講唱(こうしょう)の話本(わほん)。現存写本はほぼ10世紀のものが多いが、これらは20世紀初頭、甘粛(かんしゅく)省敦煌(とんこう)の莫高窟(ばっこうくつ)から発見された敦煌文献の一部で、現在では約100点の写本が公にされている。その発生の過程には不明な点が多いが、仏教を布教するため、庶民を対象に行われた俗講(ぞくこう)において演じられたものと思われる。同じ講唱でも、経典の一句を中心に、それを敷衍(ふえん)した「講経文(こうきょうぶん)」という写本が、経・白(せりふ)・唱(うた)の三段構成であるのに対し、「変文」は「変」「変相」とよばれる絵画を示しながら、白と唱で講唱したものである。画巻に唱を注した写本や、変文中に絵画との関連を示す語句のあることが、これを立証している。内容は仏典に取材したものと、中国固有の故事に取材したものに大別できる。前者には仏陀(ぶっだ)の生涯を述べた「太子成道経変文」(仮題)、目連(もくれん)尊者が地獄に赴き母を救うことを描いた「大目乾連冥間救母(だいもくけんれんみょうけんぐも)変文」、仏弟子と異教徒の法術比べを語った「降魔(ごうま)変文」などがあり、後者には聖王舜(しゅん)の孝道物語「舜子変」、漢楚(そ)の戦いに材を求めた「王陵(おうりょう)変」、王昭君の悲劇を写した「昭君変文」(仮題)、さらには唐末敦煌の英雄を賛美した「張義潮(ちょうぎちょう)変文」(仮題)などがあり、いずれも庶民性の濃厚なものである。
後の小説、語物(かたりもの)にも影響を与え、中国の講唱文学、口語文学の、現存最古の文献として、その価値は重視されている。
[金岡照光]
『金岡照光著『敦煌の絵物語』(1981・東方書店)』
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…また説話画といわれるゆえんは,これを前にして大衆に絵解きをする風習があったことによる。敦煌文書中に発見された白話体(俗語)で書かれた説明(絵解き)台本の〈変文〉は,俗文学の資料のみならず〈変相〉への展望が開かれた点で重要である。日本では中宮寺の《天寿国繡帳》,《玉虫厨子》絵の本生変,《当麻曼荼羅》の観経変相,釈迦伝図様の《絵因果経》や《釈迦八相図》,その展開としての法隆寺絵殿障子絵の《聖徳太子絵伝》,六道絵や十界図,法華経二十八品の変相など各種の絵画が,大陸説話画の系譜のうえにとらえられる。…
…経変は大画面構図をとる場合が多く,予備知識のない信者や大衆を相手に,説話とその意味の理解や教化のために絵解きが行われた。敦煌からはその時用いられた絵解きのテキスト,すなわち変文が数多く発見された。変文には経変に対応する変文のほか,〈王昭君変文〉など仏教説話以外の世俗的説話を題材としたものもあり,変の意味がしだいに拡大され,世俗説話画にも適用されたことを予想させる。…
※「変文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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