大丸[株](読み)だいまる

百科事典マイペディアの解説

大丸[株]【だいまる】

関西中心の名門百貨店。1717年創業の京都伏見の呉服店が,1908年式合資会社,1920年株式会社となった。大阪,京都,神戸店のほか,1954年東京店開設。関西系百貨店の東京進出として話題を呼んだ。店舗数10(直営のみ)。阪神大震災で神戸店が被災したが1997年には再開。子会社がスーパーマーケットを経営。海外にも進出したが,不採算のタイ・フランス・香港から撤退。2003年,札幌に道内最大店出店。2007年9月松坂屋ホールディングスとの経営統合により持ち株会社J.フロントリテイリングを設立。
→関連項目松坂屋[株]

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世界大百科事典 第2版の解説

だいまる【大丸[株]】

関西を地盤とする百貨店。本社大阪市南区。創設者下村彦右衛門正啓(1688‐1748)は,1717年(享保2)に京都伏見に呉服店大文字屋を設け,さらに大坂,名古屋に出店を開き,京都に仕入店を開いた。36年(元文1)には京都東洞院舟屋町に総本店を置き,染色を行う紅店を傘下に収めたうえ,43年(寛保3)に江戸大伝馬町三丁目に出店を開設した。その後,金物店や両替店なども設け,三都および名古屋でその豪富を誇った。

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世界大百科事典内の大丸[株]の言及

【商業】より

…ことに高級絹織物の西陣織は京都商人が江戸へ出店を開いて売りさばいた。越後屋,大丸屋(現,大丸),白木屋は代表的な事例である。大坂は海運により商品を集散した。…

【和糸問屋】より

…その後,地方機業の勃興による京都機業の相対的地位の低下,和糸の京都移入減少によって衰退し,19世紀初めには18~11軒に減じ,1851年(嘉永4)の株仲間解散,59年(安政6)の開港,生糸直輸出開始を経て機能を喪失した。中には三井越後屋,下村大丸,小野井筒屋,島田恵比寿屋等の京都有力商人がもつ和糸問屋もあり,各自店グループ内の為替・金融力を有機的に結合,経営して流通支配力を有したが,経営基盤はあくまで京都機業に直結し,その消長に規制されていた。和糸問屋が介在することによって国産生糸の生産が促進された側面もあった。…

※「大丸[株]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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