東京駅(読み)トウキョウエキ

世界大百科事典 第2版の解説

とうきょうえき【東京駅】

東海道本線をはじめ中央,東北,総武各本線の起点駅となっているJRの代表駅。発着する列車,電車の本数は1日約2500本(うち新幹線約220本,在来線特急・急行約100本,中距離電車約600本,山手線など約1600本)と世界でも例をみない大規模な駅で,1994年度の乗降人員は1日平均41万人(新宿,池袋,大阪に次ぎJR各社のうち第4位)である。東京駅は,明治中期に決定された東京の市区改正計画で初めて姿を現したもので,同計画は都市交通整備の観点から高架線により中央,山手両線を都心直結とするための中央停車場設置を指摘していた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東京駅
とうきょうえき

東京都千代田区丸の内にある駅。辰野金吾設計,中央停車場の名称で 1908年に着工。1914年に現名称となり,同年 12月20日に東海道本線の起点として開業した。ルネサンス風の西洋建築を模した地上 3階建ての近代的駅舎であったが,第2次世界大戦中の 1945年5月25日,アメリカ軍のボーイングB-29焼夷弾を受け,丸の内駅舎のドーム部分と 3階部分を焼失した。その後修復されたが,屋根は寄棟造で地上 2階建てとなり,当初の形とは著しく異なった。1929年,駅の東側に八重洲口が開設され,1948年には八重洲口駅舎が落成したが,1949年に失火で焼失,1954年に新駅舎の鉄道会館ビルが完成し,大丸が営業を開始した。1964年東海道新幹線が開通。2003年「東京駅丸ノ内本屋」として国の重要文化財に指定された。鉄道会館ビルを解体して超高層ビルや商業施設を建設するなど東京駅周辺地区の大規模な再開発事業の一環として 2007年から丸の内駅舎の保存工事が開始。2012年10月,創建当時のシンボルであるドーム屋根が復元された 地上 3階,地下 2階建ての駅舎が完成した。東北新幹線上越新幹線,JR中央線,JR京葉線,JR総武線快速,JR横須賀線などの起点。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東京駅
とうきょうえき

東京都千代田区丸の内にある首都東京の表玄関をなすJR旅客駅。東海道・山陽新幹線、東北新幹線、東海道本線、東北本線、総武(そうぶ)本線の起点であるとともに、京浜東北線・山手線が通じ、さらに上越新幹線、北陸新幹線、山形新幹線、秋田新幹線、中央本線、横須賀線・総武線、内房(うちぼう)線・外房(そとぼう)線の発着ホームがある。

 丸の内側に東京地下鉄丸ノ内線の東京駅があり、山手線有楽町駅との間に京葉線東京駅(1988年開業)がある。

[沢田 清]

駅舎の建設

駅舎は1908年(明治41)起工、1914年(大正3)竣工(しゅんこう)した。首都東京の表玄関にふさわしいように、当時東京帝国大学工学科教授の辰野金吾(たつのきんご)の設計により、ルネサンス様式、れんが造りの建物として完成した。1945年(昭和20)戦災を受けたが、1947年旧観を残して復興、明治時代の西洋風建築の一つとして親しまれている。第二次世界大戦前、東側の八重洲(やえす)口は、外堀に接し粗末な切符売場が並ぶ裏口であったが、戦後は外堀が埋め立てられ、1954年民間資本を導入した鉄道会館がつくられ、ここにデパート(大丸(だいまる))や専門店が入り、八重洲口側は大きく発展した(2007年鉄道会館は閉鎖、大丸等は高層ツインタワービル「グラントウキョウ」に移転)。出入口は丸の内口、八重洲口側にそれぞれ北口、中央口、南口があり、北口に両側の出入口を結ぶ連絡通路がある。1964年に八重洲口側に東海道新幹線の発着ホームが完成し、1972年には、丸の内口側に地下5階の総武線・横須賀線などのホームが完成した。さらに1991年(平成3)、東北・上越新幹線ホーム、1995年には中央線高架ホームがそれぞれ完成した。乗降客数はJR東日本の駅では新宿、池袋、渋谷駅に次いで第4位(1日平均約80万4500人、2012年度推計)となっている。

[沢田 清]

 2003年(平成15)に国の重要文化財に指定された丸の内駅舎は、安全性と利便性向上のため、2007年から改築工事が行われた。外壁など主要部分を保存しながら、戦災で焼失したドーム型屋根や一部外壁などを創建当時の姿で復原し、2012年10月に供用開始された。

[編集部]

東京駅の周辺

丸の内は、徳川家康入府後、埋め立てられた地区で、大名小路の名のように親藩、譜代(ふだい)大名の屋敷地であった。明治維新後、陸軍用地となったが、その後三菱(みつびし)(岩崎家)に売り渡され、1894年(明治27)赤れんが造りのイギリス風洋館の三菱第1号館が竣工(しゅんこう)し、続いて2、3号館ができ、1911年には13号館が完成した。一丁(約100メートル)に渡るイギリス風洋館の出現でやがて「一丁ロンドン」とよばれるビル街となった。東京駅開設によって丸の内は事務管理機能の高層ビル街として発展を遂げた。駅前広場を囲んで、新丸ビル(1952年竣工の初代ビルは2004年解体、新ビルは2007年竣工)、丸ビル(1923年竣工の初代ビルは1997年解体、現在のものは2002年竣工)、JPタワー(2012年竣工)などがある。一方、八重洲口側には、国際観光会館の跡地などに2007年竣工のグラントウキョウノースタワー、同サウスタワーなどがあるほか、大地下商店街が広がる。

[沢田 清]

『島秀雄編『東京駅誕生』(1990・鹿島出版会)』


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事典 日本の地域遺産の解説

東京駅

(東京都千代田区丸の内1)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産」指定の地域遺産。

東京駅

(東京都千代田区丸の内1)
日本夜景遺産」指定の地域遺産。
辰野金吾設計、1914(大正3)年竣工。赤レンガの丸の内駅舎の復元工事が2012(平成24)年に終了、同年10月より新たに丸の内駅舎のライトアップがスタートした

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精選版 日本国語大辞典の解説

とうきょう‐えき トウキャウ‥【東京駅】

東京都千代田区丸の内にある東京の中央駅。東海道新幹線・東海道本線・東北新幹線・東北本線・上越新幹線・長野新幹線・中央本線・総武本線および京葉線の起点であり、山手線・京浜東北線・横須賀線などが通じる。また、丸の内側には地下鉄丸ノ内線の東京駅がある。大正三年(一九一四)開業。駅本屋は辰野金吾の設計によるルネサンス様式の鉄骨煉瓦造の三階建てで、第二次世界大戦で内部を焼失、戦後、北口・南口の丸屋根ドームを八角形に、三階建てを二階建てに改めて復旧された。

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世界大百科事典内の東京駅の言及

【駅】より

…鉄道駅は交通の結節点として都市計画上重要な施設と見なされ,古くはナポレオン3世治下のオスマンによるパリ改造計画でも,北駅と東駅からオペラ座に至る幹線道路が建設されたのをはじめ,駅前広場station placeを設ける例も多い。 日本における最初の本格的な駅は,1872年日本で初めて開通した鉄道(横浜~新橋間)の終着駅である新橋停車場(1871‐72,ブリジェンスR.P.Bridgens設計,現存せず)で,このほか都市計画的配慮のもとに設計された東京駅中央停車場(丸ノ内口,1907‐14,辰野金吾設計),終着駅のホーム形式をよく示す上野駅(1932,鉄道省設計)も有名である。現存最古の駅舎は旧長浜駅(現在鉄道記念物長浜駅舎)(1883,シェルビントンT.R.Shervintonほか鉄道寮技師設計)である。…

【大林組[株]】より

…阿部製紙所の建設で信用を得,関西の鉄道工事を中心に成長。1909年に合資会社大林組として組織化され,11年には東京駅の建設工事を一手に引き受け,東京進出を果たした(東京駅舎は関東大震災で損傷を受けず,大林組の施工技術が注目を集めた)。その後も,鉄道・ダムなどの土木工事,ビル建築工事を伸ばし,31年以降は満州事変を機に満州を中心に海外事業を展開して,業界トップの時期もあった。…

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