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熊沢蕃山(くまざわばんざん)が1686年(貞享3)から翌年にかけて著した政策論。2巻。「治国平天下之別巻(ちこくへいてんかのべっかん)」と副題があるように、人君・人臣の職責から始め、君主として行うべき「仁政」を具体的に展開している。兵農分離、蔵米知行(くらまいちぎょう)制を原則とする幕藩体制の下で、それと相いれない農兵論を主張、また仏法と神道(しんとう)を再興すべきことなどを述べた。87年12月、この書が幕府にとがめられ、蕃山は古河(こが)(茨城県)に幽居させられた。1788年(天明8)になって刊行されたが翌年発禁となった。『蕃山全集』第3巻、『日本思想大系』第30巻(熊沢蕃山)などに所収。
[奈倉哲三]
『尾藤正英著『日本封建思想史研究』(1961・青木書店)』
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熊沢蕃山(ばんざん)の経世済民政策論。2巻。1686年(貞享3)8月~翌年8月にかけて完成。清の日本来寇を憂慮した蕃山が,緊急対策として幕府に提言したもので,参勤交代制の廃止と武士土着論,米本位経済体制の確立など21カ条からなる復古的対策で当時の経済社会体制を簡素化し,矛盾解決をはかろうとしている。この著述で蕃山は幕府により古河城内に禁錮された。「日本思想大系」所収。
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…そして蕃山に好意をもっていたこれらの大名の死後,87年(貞享4)に幕府は処士横議を理由に蕃山を古河に禁固し,そこで死んだ。処士横議とは幕府がなすべき政策21ヵ条について論じた《大学或問(わくもん)》をさすのであろうが,その中の幕政に対する批判的議論よりも,当時〈心学〉とよばれたその学問を介して公卿や浪人が集合することを幕府が警戒したことが,蕃山に対する圧迫の原因であろう。蕃山の思想の中心は〈時・処・位〉論,すなわち状況に即して事を行うべしと説くところにあり,それを日本の国情に即して論じたところに特色があるといえるが,中国を基準としてそれを日本の現実に適用しようというのが基本姿勢であったから,あまり現実味のある議論とはいえない。…
※「大学或問」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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