大崎町(読み)おおさきちよう

日本歴史地名大系 「大崎町」の解説

大崎町
おおさきちよう

面積:一〇〇・八二平方キロ

県東部、曾於郡南端に位置する。西は輝北(きほく)町、鹿屋(かのや)市、肝属(きもつき)郡串良(くしら)町、南は同郡東串良(ひがしくしら)町、北は有明(ありあけ)町・大隅町と接し、東は志布志(しぶし)湾に面している。同湾に沿ってくにの松原が北東から南西に延び、菱田(ひしだ)川・田原(たばる)川・持留(もちどめ)川が西部の丘陵地帯から流れ込んでいる。北部は標高五〇―二五〇メートルの起伏に富んだ丘陵地帯、中部は比較的平坦なシラス台地で、南東部は田原川の堆積作用で形成された低地が広がる。志布志湾沿いに国道二二〇号と同道から分岐した国道四四八号が北東から南西へ、北西部を同二六九号が北東から南西へ走っている。かつては志布志・鹿屋方面と結ぶ国鉄大隅線があったが、昭和六二年(一九八七)廃止された。

遺跡はおもに台地上に立地し、縄文時代の遺跡には仮宿の馬場下(かりじゆくのばばしも)遺跡、野方の松尾(のがたのまつお)遺跡・西(にし)ノ脇(わき)遺跡などがある。砂丘に立地する益丸(ますまる)の沢目(さわめ)遺跡では縄文時代・弥生時代・古墳時代の遺物が確認されている。古墳時代では全長一三二メートルの前方後円墳横瀬(よこせ)古墳がよく知られ、長さでは東串良町の唐仁大塚(とうじんおおつか)古墳に次ぐ規模を有する。


大崎町
おおさきちよう

面積:二〇・四三平方キロ

大崎上(おおさきかみ)島の中央部より北西海岸部を占め、東および南は木江(きのえ)町、東北は東野(ひがしの)町に接する。北側海上には折免(おりめ)島・美加子(みかご)島・上(かみ)島・裸(はだか)島・長(なが)島・津々木(つづき)島・小相賀(こあか)島・大相賀(おおあか)島・津久賀(つくが)島が浮び、対岸は竹原市および豊田郡安芸津(あきつ)町である。また西方海上には来(くる)島がある。町を囲む海岸線は屈曲に富み、海上の島々を含めて美しい景観を呈する。島の中央やや南東部にある神峰(かんのみね)山(四五二・六メートル)を中心として、西方に連なる標高二〇〇―三〇〇メートルの山地より北方に傾斜する丘陵地帯に蜜柑畑が広がり、屈指の温州蜜柑の産地として知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大崎町」の意味・わかりやすい解説

大崎〔町〕
おおさき

鹿児島県南東部,大隅半島の東部,志布志湾に面する町。 1936年町制。史跡の横瀬古墳ほか多くの古墳が散在。北西部の荒佐野と呼ぶシラス台地ではサツマイモが栽培され,デンプン,焼酎などの加工工場が立地。低地では菜種,水稲などを栽培。温州みかん栽培,牧畜もみられる。海岸一帯は日南海岸国定公園に属する。国道 220号線,269号線,448号線が通る。面積 100.67km2。人口 1万2385(2020)。

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