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大田洋子 おおたようこ

百科事典マイペディアの解説

大田洋子【おおたようこ】

小説家。広島市生れ。本名,初子。1929年から雑誌《女人芸術》掲載の《聖母のゐる黄昏》で文壇デビュー,自伝小説《流離の岸》などの私小説風の恋愛小説で人気を博した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大田洋子 おおた-ようこ

1903-1963 昭和時代の小説家。
明治36年11月20日生まれ。「女人芸術」同人となり,私小説風の恋愛小説をかく。広島で被爆後,作風を一変させ原爆の悲惨さをえがいた「屍の街」,「人間襤褸(らんる)」(女流文学者賞),「半人間」などを発表。昭和38年12月10日死去。60歳。広島県出身。進徳実科高女卒。本名は初子。
【格言など】広島の川は美しい。眠くなるような美しさである(「の街」)

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世界大百科事典 第2版の解説

おおたようこ【大田洋子】

1903‐63(明治36‐昭和38)
小説家。広島市の生れ。本名初子。《女人芸術》を経て,《中央公論》《朝日新聞》の懸賞小説に当選,作家生活に入る。1945年帰郷中の8月6日朝,米軍による初の原爆投下に遭遇,以後原爆を主題とする作品を書きつぎ注目された。その初期の《屍(しかばね)の街》(1948),《人間襤褸(らんる)》(1950‐51)は当時の惨状と占領下の苦悩を伝え,続く《半人間》(1954),《夕凪(ゆうなぎ)の街と人と》(1954‐55)などは,原水爆禁止運動が起こるまでの被爆者の屈折する心理と生活の苦闘とを描いている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大田洋子
おおたようこ
(1903―1963)

小説家。広島市生まれ。広島進徳実科高等女学校卒業。『女人芸術』の常連執筆者として出発し、『海女(あま)』(1939)、『流離の岸』(1939)、『桜の国』(1940)など私小説風の恋愛もので知られた。しかし広島で原爆に被爆してのちは作風を一変させ、ひたすら被爆の惨状を描き続けた。『屍(しかばね)の街』(1948)は体験者による克明な原爆告発ルポルタージュ、『半人間』(1954)は被爆者の苦悩する心理を描いた力作。ほかに『人間襤褸(らんる)』(1950~51)もあり、いずれも貴重な文学的証言。[江刺昭子]
『『大田洋子集』全四巻(1982・三一書房)』

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世界大百科事典内の大田洋子の言及

【原爆文学】より

…第1は,1945年8月6日広島に,ついで8月9日長崎に原爆が投下されたとき,広島,長崎に居合わせた文学者がつぶさに惨状を目撃したり記録をとったりしたのをもとに証言性の高い作品を書いたことにはじまる。原民喜の《夏の花》《廃墟から》(以上1947),《壊滅の序曲》(1949)の三部作から《鎮魂歌》《心願の国》にいたる作品,大田洋子の《屍(しかばね)の街》(1948),《半人間》(1954)などの作品,峠三吉(1917‐53)の《原爆詩集》(1951),正田篠枝の《さんげ》(1947)などの詩歌集が代表的なものである。第2は,学生時代に被爆し,多くの学友や隣人の死に立ち会った人が長じて作家となり書いた作品。…

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