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大阪取引所(株) おおさかとりひきじょ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大阪取引所(株)
おおさかとりひきじょ

大阪市にある、先物などデリバティブ(金融派生商品)専門の取引所、およびその運営株式会社。英語名称はOsaka Exchange, Inc.で、略称OSE。2013年(平成25)1月の東京証券取引所(東証)と大阪証券取引所(大証)の経営統合による日本取引所グループ(JPX)発足に伴い、同年7月に旧大証の現物株式(大証第一部、第二部、JASDAQ(ジャスダック)市場)取引をすべて東証へ移管。東証の先物やオプションなどのデリバティブ取引を大阪に集約してデリバティブ特化市場としての位置づけを明確にするため、2014年3月に現名称に変更した。本社は大阪市中央区北浜にある。資本金(2013年1月1日時点)は47億2300万円で、従業員(2015年3月時点)は138人。おもな取引商品は、株価指数先物では日経平均株価(日経225)、東証株価指数(TOPIX(トピックス))、東証REIT(リート)(不動産投資信託)指数、ダウ・ジョーンズ工業平均株価(NYダウ)、インド株価指数(CNX Nifty)、株価指数オプションでは日経225とTOPIX、国債先物では中期、長期、超長期で、このほか日経平均ボラティリティー・インデックス(VI)先物なども扱う。2013年時点で、デリバティブの売買高は3億6600万単位と世界14位で、アジアではインドのナショナル証券取引所、韓国取引所、中国の大連(だいれん)商品交易所などに次ぐ7位にとどまっている。なお、現物株を扱う旧大証がなくなったことで、日本国内の現物株取引所は東京、名古屋、福岡、札幌の4取引所となった。
 もともと大阪は江戸時代の享保(きょうほう)年間(1716~1736)に堂島米会所(どうじまこめかいしょ)で世界最初の米先物取引を行ったことで知られる。大阪証券取引所は、株式取引所条例に基づき、1878年(明治11)に大阪株式取引所として発足した。第二次世界大戦後一時閉鎖したが、1949年(昭和24)には大阪証券取引所として株式取引を再開した。しかし企業やビジネスの東京集中が進み、現物株取引で東証に差をつけられると、1987年に日本初の株式先物市場を創設し、1988年には日経225先物、1989年(平成1)には日経225オプションの取引を始めた。2000年に日本初の新興市場であるナスダック・ジャパン(のちのヘラクレス、現JASDAQ)を開設し、2001年に京都証券取引所と合併、2011年にはシカゴ・マーカンタイル取引所と提携した。東証との違いを出しながら生き残り戦略を進めたが、世界の激しい取引所間競争に生き残るには、取引高速化やシステム障害防止のために巨額なシステム投資が必要になり、東証との経営統合と、歴史的に強みをもつデリバティブへ特化する道を選んだ。しかし、大阪取引所のデリバティブ売買高は欧米だけでなく、インド、韓国、ブラジル、中国などに比べても少なく、金融先物だけでなく、金、原油、穀物などの商品先物を扱う総合取引所となることが課題との指摘もある。[矢野 武]

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