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女川原発

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

女川原発

1984年に1号機が運転開始。3月11日の震災で1~3号機とも自動停止した。揺れ耐震指針想定を超えた。約13メートルの津波に襲われたが、海面から14・8メートルの高さにあった主要施設は甚大な被害は免れた。

(2011-05-28 朝日新聞 夕刊 1総合)

女川原発

東北電力が女川での原発建設を決めたのは1968年。地元の漁師を中心に反対運動が起きたが、町漁協が補償金を受け入れるなどし、79年に本格着工。反対派は81年に運転差し止め訴訟を仙台地裁に起こした。84年に運転を始めたが、訴訟は2000年まで続いた(最高裁棄却)。95年に2号機、02年に3号機が稼働。11年の震災では13メートルの津波に襲われ、5回線あった外部電源が1回線を除いて喪失。2号機の原子炉建屋の地下が浸水するなどの被害が出た。東北電は13年、2号機について国の適合審査を申請。来年4月以降の再稼働をめざしていたが、延期を決めた。

(2016-11-21 朝日新聞 朝刊 宮城全県・1地方)

出典 朝日新聞掲載「キーワード」朝日新聞掲載「キーワード」について 情報

百科事典マイペディアの解説

女川原発【おながわげんぱつ】

東北電力の原子力発電所。女川原子力発電所。宮城県牡鹿郡女川町と石巻市にまたがり三陸海岸に位置する。1号機は1984年,2号機は1995年,3号機は2006年に運転を開始。いずれも沸騰水型軽水炉。3号機は2015年までにプルサーマル実施を予定している。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震発生時には,1号機,3号機が通常運転中,2号機が原子炉起動中だったが,全機自動停止した。1号機は変圧器故障で外部電源使用不能となり非常用ディーゼル発電で冷却を行った。他の2機の外部電源喪失は起こっていない。東京電力・福島第一原発事故では大津波による電源喪失で原子炉冷却不能状態に陥った。東北電力・女川原発の場合は,大津波は設計上想定の防潮堤9.1mを超える最大13mで到達したが,同原発は工事用基準面+14.8mに設置されていたため,大津波による電源喪失は起きていない。これは東北大学による貞観津波の調査研究報告を踏まえて東北電力が独自に調査研究を進め,女川原発に関して防潮堤の高度などの津波・地震対策を施していたことが大きな要因であった。他方,東京電力と経産省原子力安全・保安院はこの調査研究を一切無視していたことが福島第一原発事故後明らかとなり批判された。2011年9月,1号機より3号機まで定期検査に入った。しかし,2011年4月に起きた震度6強の余震で,国の耐震基準を上回る最大加速度が発生,5系統ある外部電源のうち3系統が使用不能となり,耐震性・安全性に大きな不安を残した。2013年7月に施行された原子力規制委員会の新規制基準では,過酷事故対策や地震・津波対策など,さらに厳しい要求となっており,再稼働は容易ではない。原子力規制委員会は2014年1月,新規制基準に適合しているかを確かめる原発の審査会合を開き,女川原発2号機の本格的な審査に入った。東日本大震災で被災した原発を扱うのは初めてで,東北電力から地震の揺れの影響などについて説明を受け注目された。津波で原子炉建屋地下が浸水し,冷却水のポンプが故障した。また,当時の最大級の想定を上回る揺れにも襲われている。審査会合では東北電力は,震災後の点検で〈プラントの健全性に影響を与えるものは無いことを確認している〉と説明したが,原子力規制委員会側は〈定期検査や保安検査で,きちっと確認していく〉とした。被災した女川原発は,審査とは別に施設の健全性確認に合格しないと再稼働できない。2号機は,事故を起こした福島第一原発と同じ沸騰水型炉でもあり,事故時に放射性物質の放出量を抑える排気装置〈フィルター付きベント〉の設置が義務づけられている。東北電力は2016年3月までに工事を終えるとしているが,原子力規制委員会は,フィルター付きベントでは取り切れないガス状の放射性物質への対策なども求める構えである。2015年1月,原子力規制委員会による初めての現地調査が行われた。

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