女性の視点にたって、男性主体の既成の学問を見直す学問。1960年代後半にアメリカで始まったwomen's studiesの訳語。それまでの男性主体の学問が取り上げてこなかった、女性に関するさまざまな問題や経験および性差別の構造を解明するためには、新たな視点と方法論が必要であることから生まれた。
1960年代に、大学改革運動等の社会運動と並び、女性解放運動(ウーマン・リブを中心とする第二波フェミニズム運動)が繰り広げられた。19世紀中葉から20世紀初頭に起こった第一波フェミニズム運動は、女性の参政権獲得を中心に展開されたが、第二波フェミニズム運動は、女性差別の問題は、法律や社会制度の変革だけでは解決できないことを明らかにした。この女性解放運動の理論的支柱を担う役割を期待されて誕生したのが女性学である。
大学における女性学講座の設置は、アメリカのあらゆる女性解放運動グループが参加した1969年の「女性が結集する会議」で提案された。これを受けて、1970年にカリフォルニア州立サン・ディエゴ大学で最初の女性学のプログラムが組まれ、それ以降、短期間のうちに、アメリカの過半の大学のカリキュラムに取り入れられるに至った。
日本では、和光大学の名誉教授であった井上輝子(てるこ)(1942―2021)が、1971年(昭和46)に長野県信濃平(しなのたいら)(飯山(いいやま)市)で開催されたリブ合宿で、アメリカの大学でwomen's studiesというものが始まりつつあるとの話を聞いて関心をもった。これを契機として、アメリカで情報を収集し、共著で「アメリカ諸大学の女性学講座」にまとめて、『婦人問題懇話会会報』20号(1974)に発表した。その際に、women's studiesを「女性学」と訳して日本に紹介した。そして井上は、1974年、和光大学で「女性社会学特講」という科目名で、日本で初めての女性学講座を開講した。
女性学は、その後、1975年の国際女性年(当時は「国際婦人年」)を契機に発展した。関連する学会が誕生し、大学や短期大学において、女性学関連科目が設置されるようになった。
井上は、女性学が切り開いた学問的功績として、次の三つをあげている。
第一に、ジェンダー概念の創出である。男女の性格・態度の傾向性、地位、役割等が、生物学的・生理学的性差によるものではなく、社会的・文化的につくられた性差、すなわちジェンダーによるものであることを発見し、生物学的・生理学的宿命論を打破した。
第二に、性別分業の解明と性役割神話の打破である。性別役割分業こそが、女性差別の根源であるという認識のもと、性役割の構造等に関心が向けられ、近代社会の性別分業が解明された。
第三に、性と生殖の学問化である。それまで学問の対象とされてこなかった、性と生殖の問題を学問化して、セクシュアル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンス等の概念を創出し、また、生殖にかかわる政治や歴史の研究も切り開いた。
女性学の視点は、人文・社会科学分野のみならず、自然科学分野にも拡大している。
[神尾真知子 2021年11月17日]
『井上輝子「女性学の創出と和光大学の試み」(『和光大学現代人間学部紀要』第4号所収・2011・和光大学現代人間学部)』▽『伊藤公雄・樹村みのり・國信潤子著『女性学・男性学 ジェンダー論入門』第3版(2019・有斐閣アルマ)』
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女性に関する研究および講座。1970年に盛り上がった女性解放の運動によって大学に設置された。1960年代の黒人運動および大学紛争において,アメリカでは大学改革の一環として,黒人の地位向上を目ざす黒人学Afro-American studiesの講座が設置されるようになったが,それに対応している。女性社会学,女性心理学,女性史,女性文学などの種類があり,女性を学問の対象(オブジェクト)とすることによって,あらゆる学問の中に女性の存在をクローズアップさせるばかりでなく,研究主体(サブジェクト)としての女性の眼を重視し従来の学問の偏向をただそうとする。その特徴としては,(1)女性の地位向上を目ざす運動と結びついている,(2)女性の視点,見方を大事にする,(3)学際的性格が強い,(4)従来の権威主義的な学問に対して批判的である,などがあげられる。アメリカのみならず,ヨーロッパ,カナダ,ニュージーランド,アフリカ,韓国などにも急速に広がり,日本では国際女性学会東京会議が開かれた1978年から関心が高まった。日本でもさまざまな女性学研究団体が活動し,大学では女性学およびその関連科目を設置するところが多くなり,女性学専攻で修士の学位を与える大学も出現している。近年は,ジェンダー研究としても展開している。
執筆者:白井 尭子
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