女のことば。女と男のことばの違いは世界の諸言語に多少とも認められるが,日本語ほどいちじるしい言語は少ないといわれる。日本の女性語の特徴として,(1)太く低い男の声に対して細く高い,(2)抑揚の変化に富む,(3)露骨,乱暴な言い方を避けて,遠まわしでていねいな言い方を好む,(4)男の使わない語を使う,などがあげられる。(1)と(2)は女性の生理・心理的条件によるもので,世界の諸言語に共通の特徴と認められる。(3)も同じく女性の心理的条件によるものであるが,日本ではこれに関連して複雑な敬語体系が発達している点がめだつ。一般に女は男よりも敬語を多く使う。敬語,とくに近代の敬語は,ていねいさを表す手段になっているので,それは,ていねいな言い方を好む女性心理を満たす手段にもなった。敬語の発達していない方言では女性語も発達していないということは,女性語と敬語とが深い関連にあることを示す。男の使わない語としては,(1)人称代名詞のアタクシ・アタシ・アタイ,(2)終助詞のワ・ワヨ・ワネ・テ?(そうですっテ?)・テヨ(間に合っテヨ)・コト(いいコト)・コト?(いってみないコト?)・コトヨ(おじゃまですコトヨ)・ノ(そうなノ)・ノヨ・ナ(早くいらっしゃいナ),(3)感動詞のアラ・マア・チョイトなどである。
日本では過去にさかのぼると,上にあげた以外に女性語の特徴が認められる。漢語をあまり使わず,やまとことばを使ったのがその一例で,それは漢字漢文が渡来してから明治に至るまでつづいた。手紙などに変体仮名をよく用いるのも女性であった。現在は,女性と男性との社会的地位の差がなくなりつつあるのに応じて,女性語と男性語との差も小さくなりつつある。従来も,地方や社会によってはその差は小さかった。また,親しい女同士では男に近いことばを使うこともある。女性語と男性語との差は,女性語が男性語へ近づくという方向で縮まりつつある(たとえば,ナニガイケナイノサ・あたりまえジャナイカ,という言い方が女,とくに若い女の間に広まりつつある)。一方,都会ではその逆の方向もある。たとえば東京で,ソウナノ・早クイラッシャイナのような言い方が男性に聞かれることがあるが,これは家庭で母親・姉妹などから学んだ女性語が社会的な修正を受けないで育ったか,それをまねたかであろう。
特殊な女性社会の隠語に由来する〈女房言葉〉というものがある。室町時代の初めころ,内裏(だいり)や仙洞(せんとう)に仕えた女官(つまり女房)が隠語として使いはじめたもの。これは身分の高い人の前で食物や衣服に関係のあるものをあからさまに口にするのをはばかって考え出したものであり,露骨・乱暴な言い方を避ける女性心理に根ざしている。女房ことばは,のち,上品優雅なことばと認められて,足利将軍家や徳川将軍家に仕える女たちから町家に普及し,さらに女から男へ伝わった。初め120語ほどだったのが約500語にふえた。大部分が食物に関する語だが,ほかに衣服に関するものが多い。オナカ(腹)・オシタジ(しょうゆ)・キナコ(豆の粉)・オヒロイ(歩行)・カモジ(髪の毛)・オナス(ナスビ)など,もとは女房ことばである。現在でも,スモジ(すし)・サモジ(佐藤。サモジのサは佐藤のサ)とかオネショ(寝小便)・オマク(まくら)のような語形成は一部の女性に生きている。
特殊な女性社会の職業語として生まれたものに〈廓(くるわ)ことば(里ことば)〉がある。江戸時代の廓で遊女たちが使いはじめた。遊女がその生国を隠すとともに,どんな遊客に対しても,不都合なく,平等に接しられるために考え出されたものとされている。起りは京の島原で,それが,のち江戸吉原のことばとなった。廓ことばは明和・安永(1764-81)にほぼ確定し,江戸時代を通じて行われたが,明治になってからはまったく行われなくなった。廓ことばの特色に,(1)アリマスの代りに,アリマスから変わったアリンス・アリイス,(2)第一人称代名詞にワッチ・ワチキ・ワタクシ・オイラ,(3)第二人称代名詞にヌシ,(4)助詞のエ(もし,おいらんエ),(5)イッソ・バカラシイなどの語を好んで使ったことなどがあげられる。
執筆者:柴田 武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
学術的には女性の使用することば全体をさすが、狭義には男性語と差異の著しい女性特有の語をいう。ただし室町時代に宮中女性によってつくられたことばは「女房詞(にょうぼうことば)」、江戸時代に京都・大坂・江戸の遊女の使ったことばは「廓(くるわ)ことば」といって、学問上女性語には含めない。『枕草子(まくらのそうし)』に「おなじことなれども聞き耳ことなるもの、男女(おとこおんな)の詞」とあるように、平安時代では耳に聞く感じが異なるだけで、男女ともに同じ語を使っていたらしいが、室町時代以後「女房詞」が宮中から大名の奥向(おくむき)など外部に伝わり、女性語となってしだいに広がった。とくに江戸時代には、女性の使って好ましい女性語を集めた『女の詞』『女中詞』と名づける書が多数出たので、単語が急増した。「おひなる」(起きる)、「おしずまる」(寝る)、「おむずかる」(泣く)、「おひろい」(歩くこと)、「くこん」(酒)、「おめぐり」(おかず)、「おぐし」(髪)、「青物」(野菜)、「おかべ」(豆腐)、「おむし」(みそ)、「しゃもじ」(杓子(しゃくし))などほとんどの女房詞のほか、「浪(なみ)の花」(塩)、「卯(う)の花」(おから)、「あたり鉢」(すり鉢)、「ありのみ」(梨(なし))などの忌みことばなどである。さらにこれらの単語以外に、「お米」「ご本」などのように、語頭に「お」「ご」をかぶらせた言い方や、「まいります」「いたします」など、語末に「ます」をつけるていねいな言い方も加わり、明治になると「のよ」「だわ」「ねえ」などの文末の言い方も発達した。
[真下三郎]
『真下三郎著『婦人語の研究』(1969・東京堂出版)』▽『真下三郎著『女性語辞典』(1967・東京堂出版)』
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…天皇の御所や,院の仙洞(せんとう)御所に仕える女官(女房)の用語,ことに女性語として特徴のある形式をもつ語。室町時代の有職(ゆうそく)に関する書物《海人藻芥(あまのもくず)》《大上﨟御名之事(おおじようろうおんなのこと)》にあげたものでは120語ほどある。…
※「女性語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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