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姉小路公知 あねがこうじきんとも

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

姉小路公知
あねがこうじきんとも

[生]天保10(1839).12.5. 京都
[没]文久3(1863).5.20. 京都
幕末の尊王派公家。条約勅許に反対した公家の指導者。文久2 (1862) 年 10月,右近衛権少将となり,攘夷督促の副使として正使三条実美とともに江戸に向う。のち国事参与となり,三条とともに攘夷派の先鋒となったが,朝議の帰途,京都朔平門外で刺客に襲われて死去。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

あねがこうじ‐きんとも〔あねがこうぢ‐〕【姉小路公知】

[1839~1863]幕末の公家。三条実美と親しく、安政五か国条約調印の勅許に反対、尊攘派公家の中心的存在となった。宮中から退出の際、暗殺された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

姉小路公知 あねがこうじ-きんとも

1840*-1863 幕末の公卿(くぎょう)。
天保(てんぽう)10年12月5日生まれ。尊攘(そんじょう)派の公卿の中心的人物。文久2年勅使三条実美(さねとみ)の副使として江戸にいき,幕府に攘夷決行を督促。また国事参政として摂津の海防の実情をしらべる。文久3年5月20日御所からの帰途におそわれ,21日死去。25歳。死後,贈正二位。幼名は靖麿。

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朝日日本歴史人物事典の解説

姉小路公知

没年:文久3.5.20(1863.7.5)
生年:天保10.12.5(1840.1.9)
幕末の公家,宮廷政治家。老中堀田正睦が条約勅許を求めて上洛中の安政5(1858)年3月,これに反対して88廷臣の列参奏上に参加。桜田門外の変を経て,文久2(1862)年8月同志の廷臣と共に,和宮降嫁の責任を問うて久我建通,岩倉具視らを弾劾。以来,長州藩・尊攘派志士の支持を受け,三条実美と共に攘夷派廷臣の指導者となる。同年11月,勅使三条実美のもと副使として江戸に赴き,攘夷の督促と親兵設置の勅書を伝達した。翌文久3年2月,国事参政が新設されるとこれに就任,朝議決定に直接参加できる地位を得た。攘夷期日の設定を主張し,将軍上洛ののち賀茂社行幸,石清水行幸に随従,次いで大坂湾を巡検し海防について勝海舟に意見を求めた。5月20日深夜,御所からの帰宅途中,朔平門外で暗殺。年24歳。現場に残された太刀から薩摩藩士田中新兵衛に容疑がかけられた。京都町奉行所に監禁された新兵衛は,一言の釈明もなく自刃,暗殺者は今なお不明のままである。<参考文献>関博直編『姉小路公知伝』

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

あねがこうじきんとも【姉小路公知】

1839‐63(天保10‐文久3)
幕末期の尊王攘夷派の公卿。1852年,元服して従五位上となり,58年,侍従に任じられ従四位下となった。62年10月,勅使三条実美の副使として江戸へ下り,幕府に攘夷実行の勅命を伝えた。同年12月,国事御用掛となり,63年2月には国事参政も兼ねた。三条と並ぶ尊攘派少壮公卿の中心人物であったが,同年5月,朝議の帰途,御所の朔平門外で暗殺された。【小野 正雄】

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大辞林 第三版の解説

あねがこうじきんとも【姉小路公知】

1839~1863) 幕末の公家。三条実美と親交を結び、尊王攘夷派の少壮公卿として活躍。1862年勅使実美の副使として攘夷実行の勅命を幕府に伝えた。翌年御所の朔平門外で暗殺された。

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