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安倍川餅 あべかわもち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

安倍川餅
あべかわもち

静岡市の名物。柔らかい餅に黄粉をまぶし,上から白砂糖を掛けた食べ物徳川家康が慶長年間 (1596~1615) に笹山金山などの御用金山に出向き,安倍川のほとりで休んだおり,つきたての餅に豆粉をまぶしたものを出された。この豆粉を金山からとれる金の粉にひっかけて「金な粉」と称したのを大いに気に入り,家康が「安倍川餅」と命名したといわれる。以来安倍川のほとりの弥勒には安倍川餅の店が並ぶようになった。

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デジタル大辞泉の解説

あべかわ‐もち〔あべかは‐〕【倍川餅】

焼いた餅を湯に浸し、砂糖をまぜたきな粉をまぶしたもの。江戸時代安倍川の渡しの茶店で供されたのに始まるという。

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百科事典マイペディアの解説

安倍川餅【あべかわもち】

砂糖入りの黄粉(きなこ)をまぶした餅。つきたての餅,または切餅を焼いて湯に浸し柔らかくしたものを用いる。東海道の安倍川付近の名物として江戸時代中期から知られる。
→関連項目

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デジタル大辞泉プラスの解説

安倍川餅

静岡県静岡市の名物菓子。餅に砂糖入りのきな粉をまぶしたもの。小豆餡や抹茶をまぶしたものもある。

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世界大百科事典 第2版の解説

あべかわもち【安倍川餅】

静岡市西部,安倍川河畔の茶店の名物として知られた餅。つきたての餅をちぎって砂糖入りのきな粉をまぶしたもので,慶安年間(1648‐52)にはじまるともいうが確証はない。しかし,東海道をたびたび往来したことのある8代将軍徳川吉宗はよく知っており,当時の御賄頭(おまかないがしら)の古郡孫太夫が駿河からもち米を取りよせて調進したところ大いに嘉賞されたと,江戸南町奉行でもあった根岸鎮衛(やすもり)(1737‐1815)はその著《耳囊(みみぶくろ)》に書いている。

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日本の郷土料理がわかる辞典の解説

あべかわもち【安倍川餅】


静岡県静岡市の名物菓子で、餅を焼いて湯に浸し、砂糖を混ぜたきなこをまぶしたもの。きなこ餅一般をいうこともある。東海道が安倍川にかかる渡し場付近の茶屋で出されたものとされる。◇「安倍川」と略す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安倍川餅
あべかわもち

静岡市の名物、きな粉餅。静岡市葵(あおい)区弥勒(みろく)の旧東海道(現県道208号)が安倍川にさしかかる所に数軒の餅屋がある。なかでも石部屋(せきべや)は慶長(けいちょう)年間(1596~1615)の創業で、15代ののれんを誇る。安倍川餅の由来は、東海道往還の旅人が、安倍川の渡しで、川越人足を待つ間に、茶店で一服の際に供されたのに始まる。焼き餅を湯にくぐらせたうえ黒蜜(くろみつ)に浸し、きな粉をまぶして食べさせたのが評判をとり、全国に伝えられた。作り方が簡単なので一般家庭に普及し、いつしか、きな粉餅そのものを「あべかわ」と称するようになった。十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』(1809)にも、「ほどなく弥勒といへるにいたる。ここは名におふ安倍川餅の名物にて、西側の茶屋、いづれもきれいにはなやかなり」と繁盛ぶりが描写されているが、現在の安倍川餅は、餡(あん)餅や、静岡名産のわさびをきかせたしょうゆと大根おろしのからみ餅も好評である。[沢 史生]

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