昭和期の演劇評論家,小説家
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
演劇評論家,小説家,随筆家。東京浅草生れ。本名花島鶴夫。父は8代目竹本都太夫。法政大仏文科卒後,都新聞社に入り,1947年に退社,50年に読売新聞社嘱託となる。《都新聞》で文楽,落語の批評を担当,著書《落語鑑賞》は名著とされた。《読売新聞》やラジオで劇評をおこなったが,俳優の芸への感動を言葉にするのを特色とした。久保田万太郎に傾倒して,62年には講談に生命を賭けた講釈師をめぐる下町の人情の世界を描く《巷談本牧亭(こうだんほんもくてい)》を発表,直木賞を受賞した。68-69年《読売新聞》に連載した《三木助歳時記》が未完の絶筆となった。尻尾まであんの入ったたい焼に涙を流す随筆を書いた人情家だった。
執筆者:野村 喬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
作家、演劇評論家。東京生まれ。父は義太夫(ぎだゆう)の竹本都太夫(みやこだゆう)。法政大学仏文科卒業。1939年(昭和14)都新聞(現、東京新聞)に入社、芸能記者として活躍。1946年から雑誌『苦楽(くらく)』に『わが落語鑑賞』を執筆、好評を得た。1947年から『読売新聞』の劇評を担当し、歌舞伎(かぶき)、文楽、落語などの評やエッセイを書く。小説や戯曲も書き、1964年『巷談本牧亭(こうだんほんもくてい)』で直木賞を受賞。浅草生まれの東京人らしい、明快で率直な語り口に特色があった。
[水落 潔]
『『安藤鶴夫作品集』全6巻(1970~1971・朝日新聞社)』▽『『わが落語鑑賞』(1965・筑摩書房)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
…1857年(安政4)に軍談席本牧亭として始められた。本邦唯一の講談席として,安藤鶴夫の小説《巷談本牧亭》(1962年新聞連載,1963年単行本)の舞台にもなった特異な席だったが,のちには,1ヵ月のうち数日間だけ講談で興行し,その他の日は,落語,講談,浪曲,新内などの独演会などに貸すという形式を採るようになった(1990年閉鎖)。江戸末期から明治初期にかけては,1階が住居,2階が寄席という建物が多かったが,本席はその面影をとどめる建築様式(現在の建物は1972年に新築開場)を採っている。…
※「安藤鶴夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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