キリスト教文学(読み)きりすときょうぶんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「キリスト教文学」の意味・わかりやすい解説

キリスト教文学
きりすときょうぶんがく

唯一神による天地創造、人間の神への反逆としての原罪、救世主イエスによる救済、最後の審判への準備としての罪の懺悔(ざんげ)と贖罪(しょくざい)など、信仰の主題を基底に構築される文学。この意味から、神話、歴史、物語、詩、伝記、格言、寓話(ぐうわ)などに満ち満ちている旧約、新約の両聖書、その外典、偽典がまずあげられる。

 2~3世紀には、地中海文化の中心アレクサンドリアのオリゲネスをはじめとするギリシア語の作品、テルトゥリアヌスらによる護教的なラテン語の作品がある。4世紀、生の苦悩と回心を扱うアウグスティヌスの自伝『告白録』はキリスト教文学初期のもっとも重要な作品。同時代のアンブロシウスは賛美歌創始者として知られるが、重要な作品は西欧中世世界の確立まで待たねばならなかった。7世紀末のイギリスのキャドモン、8世紀末のオルレアンのテオドルフは、ともに美しく敬虔(けいけん)な詩を書く。9世紀ドイツの『ヘーリアント』(救世主)は『新約聖書』の意訳として評価される。中世後期になるにしたがって文芸が盛んになり、聖人伝説の代表作として、ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』(13世紀)、アッシジフランチェスコの伝記『小さな花』など。またクレチアン・ド・トロアを中心とするアーサー王伝説群は、5世紀末のケルト王アーサーに従う円卓の騎士たちが、最後の晩餐(ばんさん)に用いられた聖杯を探求する主題で、騎士の行動はキリスト教精神に裏づけられた。この説話群は、15世紀イギリスのトマス・マロリーにより『アーサー王の死』として集大成された。神秘主義的作品としてはドイツのエックハルト、スペインのクルス(サン・ファン)、イギリスのノリッジジュリアンの作品が優れ、後世への影響は著しい。演劇では、教会の儀式的な対話的交唱から、死、友情、知識などを擬人化した道徳劇(モラリティーズ)、聖ニコラスらが主人公の奇跡劇(ミラクルズ)、天地創造から最後の審判に至る重要場面を職人組合が演じる聖書劇(ミステリーズ)などと多様化して民衆に宗教的慰撫(いぶ)と娯楽を与えた。ドイツのオーバーアマーガウで1634年以来10年ごとに村人によって行われる受難劇はこの系譜に連なる。

 中世からルネサンス期の間、最高の作品は、フィレンツェ出身のダンテの『神曲』で、構想のスケールは時代に卓越している。またトマス・ア・ケンピスの信仰告白の書『キリストに倣いて』は聖書に次ぐ影響力を長く保持した。

 ヨーロッパ中世文学は、キリスト教の敬虔主義を母胎としたが、ヒューマニズム、宗教改革を経て16世紀以降急速に世俗化の傾向をたどる。この時期傑出した作品としてミルトンの叙事詩『失楽園』があげられる。『創世記』に取材し、人間の自由意志を中心テーマとする作品で、イギリス・キリスト教文学の金字塔と目される。その周辺にはダン、ハーバートら聖職者による形而上詩(けいじじょうし)が群がり、ダンやアンドルーズらによる説教と相まって、新しい宗教文学が開拓された。フランスではパスカルが『パンセ』によって神との対決のなかに絶対的真理を求める人間の苦悩を浮き彫りにし、その影響は現代に至るまで著しい。自己の魂の救いを求めるのに、カトリックでは、教会を中心に集団的慣習のなかに身を置く。それに対してプロテスタントでは、個の自覚において自己を厳しく律していく、という相違点があり、後者の文学的典型として誘惑に負けず孤独な旅をするバニヤンの『天路歴程』の主人公クリスチャンの姿がある。理性の時代といわれる18世紀から、急速に産業革命が進む19世紀にかけては、ワーズワースの詩にみられるような汎神論(はんしんろん)的傾向が強まる。また、唯物論、種の起原に関する新たな問題提起によって、懐疑主義、無神論が台頭し、アーノルドの芸術を宗教の代替とする論まで出るに至った。しかし、この精神的不毛の状況のなかにあって、究極的実在を希求し、神とわれ、われとあなたという根源的関係を、不条理の現実のなかにいかに模索していくか、善・悪・罪・救済とはなにかと根源まで追求していくのが支配的主題となった。ロシアのドストエフスキー、ドイツのリルケ、ベル、フランスのモーリヤック、ベルナノス、カミュ、イギリスのT・S・エリオット、チェスタートン、G・グリーン、ウォー、アメリカのディキンソン、メルビル、近代ギリシアのカザンザキスらの作家、詩人により、これらの主題が多様に追求された。

 わが国では1873年(明治6)の信仰解禁以後日が浅く、キリスト教信徒は少ないが、内村鑑三(かんぞう)、賀川豊彦(かがわとよひこ)を経て、第二次世界大戦後は、遠藤周作、曽野綾子(そのあやこ)、三浦綾子、田中澄江(すみえ)、椎名麟三(しいなりんぞう)、島尾敏雄(としお)、小川国夫、鷲巣繁男(わしずしげお)らの作家たちの活躍が注目される。

[船戸英夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キリスト教文学」の意味・わかりやすい解説

キリスト教文学
キリストきょうぶんがく

キリスト教は西洋文学に広く深く浸透しており,各種各様のキリスト教文学が見出されるが,まずあげるべきはキリスト教の原典である旧約・新約聖書である。両者は信仰と結びついて広大な文学的影響を与えてきた。聖書の翻訳,たとえばヒエロニムスのラテン語訳,ルターのドイツ語訳,ジェームズ1世の勅命による欽定英訳聖書などは,偉大な文学的業績でもあった。キリスト教文学はテルトゥリアヌス (155/60~220頃) らにより創始され,以後中世ラテン文学の中核をなすものとなって,アウグスチヌス,ヒエロニムスをはじめ,プルデンチウス,ボエチウス,カシオドルス,ベーダ,アルドヘルム,アルクィーヌス,トマス・ア・ケンピスらが出,また中世を通じて多くの聖者伝,奇跡物語がラテン語以外の言葉で書かれた。ダンテの『神曲』,ミルトンの『失楽園』,バニヤンの『天路歴程』などもキリスト教文学の古典ということができる。 (→キリシタン文学 )  

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