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富籤 とみくじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

富籤
とみくじ

富突 (とみつき) ,突富,富ともいい,現代の宝くじに似た一種のばくち興行。興行主は富札を発行し,同数の番号札を箱に入れ,それを錐 (きり) で突き刺して当り札を決め賞金を出した。起源は不明であるが,江戸時代初期から関西で行われ,江戸でも元禄年間 (1688~1704) に流行した。

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デジタル大辞泉の解説

とみ‐くじ【富×籤】

番号入りの札や券などを販売し、抽籤(ちゅうせん)など偶然により当籤者を決め賞金を支払うくじ。江戸時代には、興行主が番号入りの富札(とみふだ)を売り、別に用意した同じ番号の木札を箱に入れ、期日に箱の小穴から錐(きり)で木札を突いて当たりを決め、賞金を支払った。主に寺社が修復費募集の場合に許可されて興行主となった。江戸では谷中感応寺湯島天神目黒不動のものを三富といった。富突き。福富。見徳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

富籤
とみくじ

江戸時代に流行をみた抽選によって当り籤を決める賭博(とばく)類似の催し。「富突(とみつき)」ともいうが、この呼び名は、抽選の際、櫃(ひつ)の中の木札を錐(きり)で突き刺して当り番号を決めるためである。売り出される札のほうを富札という。富籤の起源は明らかではないが、京都、大坂のほうが早く、江戸では1692年(元禄5)に出された「富突講」に対する禁令からも、元禄(げんろく)(1688~1704)ころには盛んであったと考えられる。その後幕府は寺社の修復費捻出(ねんしゅつ)の手段として特別に許可するようになった。つまり、8代将軍吉宗(よしむね)の1730年(享保15)、江戸護国寺の修復費用にあてるため富突興行を許した。それ以前から寺社の富突は、たびたびの御触(おふ)れにもかかわらず存続していたが、幕府により公認されてからは急激に盛んになり、文化・文政年間(1804~1830)には、3日に一度はどこかで富籤が催されていたほどである。なかでも有名なのは目黒不動尊、湯島天神、谷中(やなか)天王寺(感応寺)のもので、これを「江戸の三富」といった。
 抽選の当日は境内に桟敷(さじき)を設け、興行者側の世話人、寺社奉行(ぶぎょう)の検使が立ち会い、目隠しをした僧が錐で櫃の中の木札を突き刺す。木札は桐(きり)で大きさは縦横1寸半(約4.5センチメートル)に厚さ4分(約1.2センチメートル)、表に番号がついている。これに見合う富札は、長さ5寸(約15センチメートル)ほどの短冊形紙製、表に番号を書き、割印を押し、札店の名を記す。最初に突き上げたのを一の富といい、これを100両とすれば、2番目が半額の50両となり、100番まで突く。一般に賞金額は最初と突き止めの番号に多かった。[稲垣史生]

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