山梨県北部、東山梨郡にあった旧村名(三富村(むら))。現在は山梨市の北部を占める一地区。旧三富村は2005年(平成17)山梨市に合併。笛吹川(ふえふきがわ)最上流に位置する。旧村域の総面積の96%が山林で、かつては林業を主体とし養蚕を従とする生活であったが、ともに衰退し、近年は果樹栽培、観光事業に力を入れている。西沢、東沢の渓谷、乾徳(けんとく)山(2031メートル)、1974年(昭和49)完成した広瀬ダムによる堰止(せきとめ)湖などがあり、保養地として川浦温泉がある。民宿を営む農家も多く、観光によって過疎化を防ごうとする努力がなされている。国道140号が笛吹川に沿って通じる。
[横田忠夫]
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出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…現在の山寺号に改称したのは,1833年(天保4)のことである。感応寺は江戸の富くじ興行で有名となり,湯島天神,目黒不動とともに江戸の三富と呼ばれた。また,当寺にあった五重塔は幸田露伴の《五重塔》のモデルとして知られる。…
…【増川 宏一】
[日本]
富くじの起源は室町時代に求められるが,江戸時代に入って盛んとなり,富突(とみつき)または突富と称し,江戸,京都,大坂の三都では社寺の再建や修理などに際して富くじ興行が見られた。摂津箕面の弁才天,大坂の太融寺,京都御室の仁和寺の富くじ興行は有名であり,江戸では谷中の感応寺,目黒の滝泉寺,湯島の天神を江戸の三富(さんとみ)と称した。江戸幕府は寛永期(1624‐44)ころからこれを公認した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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