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寛文印知 かんぶんいんち

百科事典マイペディアの解説

寛文印知【かんぶんいんち】

江戸幕府4代将軍徳川家綱代替りに伴い諸大名および公家寺社朱印状・領知判物(はんもつ)を発給したことをいう。諸大名には寛文4年(1664)に,公家・寺社には翌5年に一斉に発給された。

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世界大百科事典 第2版の解説

かんぶんいんち【寛文印知】

江戸幕府の4代将軍徳川家綱の領知判物(はんもつ)・朱印状が1664年(寛文4)諸大名に,翌65年公家・寺社に一斉に発給されたことをいう。家康・秀忠・家光3代にわたり区々に発給されていたものが統一的・同時に発給され,大名領知権が将軍の全国的支配権に完全に包含されたことで,将軍権力の強化・確立をもたらしたといえる。大名は甲府・館林・尾張・紀伊・水戸の徳川5家,伊予宇和島と分知吉田の両者朱印状下付を願った伊達家を除いて全部に判物・朱印状・目録が下付された。

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世界大百科事典内の寛文印知の言及

【知行】より

…大名は,将軍の代替りごとに交付される領知目録によって,知行石高と領地の所在地を国・郡・村ごとに指定されている。幕府は1664年(寛文4)将軍家綱の代に,全国の大名に対し領知判物,朱印状および領知目録をいっせいに発行したが(寛文印知),その結果を示す〈寛文朱印状〉(《寛文印知集》)によると,224家の大名の知行高合計は1781万4200石余であった。 大名の領地を支配関係によって大別すると,大名が直接支配し年貢を収納する蔵入地(くらいりち)と,家臣に宛て行う給地(家臣知行分)とに分けられる。…

※「寛文印知」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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