小矢部[市](読み)おやべ

百科事典マイペディアの解説

小矢部[市]【おやべ】

富山県西部の市。1962年市制小矢部川上流の砺波(となみ)平野西部を占める。中心の石動(いするぎ)は北陸街道の宿場町,小矢部川の河港として発達。あいの風とやま鉄道,北陸自動車道が通じ,砺波市との境付近で1992年東海北陸自動車道が分岐して,南隣の福光町(現・南砺市)まで開通した。米を主産,林業も営み,紡織,ゴム,化学,製紙,窯業なども行われる。南部の津沢は砺波平野の米積出港であった。倶利伽羅(くりから)峠がある。また〈メルヘン建築の町〉として知られ,ニコライ堂,東京駅など,世界の有名な建物をモデルにした学校,公民館などの公共施設が多い。134.07km2。3万2067人(2010)。

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世界大百科事典 第2版の解説

おやべ【小矢部[市]】

富山県西部の市。1962年石動(いするぎ)町と砺中(とちゆう)町が合体,市制。人口3万5785(1995)。北西部は稲葉山(346m)を中心とする丘陵を含み,南東部は砺波平野の一部を占める。市の中心今石動町は近世に前田利秀の城下町として成立し,廃城後も加賀藩政下において俱利伽羅峠越えの宿場町として栄え,蔵宿がおかれたり,宿泊や荷物運送の機能も整えられた。市制以前の旧石動町は北陸本線が1890年に通じ(現在は廃線になった加越能鉄道との分岐点でもあった),国道8号線も通る交通の要地で,市役所もここに置かれた。

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世界大百科事典内の小矢部[市]の言及

【今石動】より

…1786年(天明6)に旅籠屋15,蠟燭(ろうそく)屋11,鍛冶屋31,紺屋11,室屋11,油屋21があった。1889年石動町となり,1962年に砺中町と合体して小矢部(おやべ)市となる。【高瀬 保】。…

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